リカに連れられて、廃墟と化したビルに到着したスズ。

彼女を送り届けると、リカはすぐに主の元へと戻って行った。

瓦礫の一部に座り一息ついたところで、スズは慣れ親しんだ呪力を感じ取る。


「スズ。」


呼ばれて振り返った先には、久しぶりに対面した同期・伏黒の姿があった。





第84話 もう一度





最後に見た時、彼は自身が呼び出した式神・魔虚羅によって仮死状態になった姿だった。

宿儺が介入したことにより調伏の儀は無効になり、呪力の感じでも生きていることは分かっていたが、こうして実際に目にするとやはり安心する。

スズはすぐに駆け寄ると、笑顔で声をかけた。


「恵!回復したんだね…!良かった。」

「あぁ。スズは?平気か?」

「平気。……体の方は、ね。」

「! …どこまで把握してる?」


少し俯くスズに、伏黒は静かにそう問いかける。

呪力を把握する能力に関しては、自分よりも遥かにレベルが上の彼女。

きっと全てを言わなくても、この悲劇的な状況をある程度理解しているだろうと思った。

伏黒の言葉に、スズは呼吸を整えながらゆっくりと話し始めた。


「…七海先生のことは、呪力が消えたから…分かってる。」

「…」

「野薔薇や猪野先輩、2年の先輩達と伊地知さん達…あと京都の人達…皆がボロボロだってことも……分かってる。」

「そうか。……ちゃんと泣いたか?」

「えっ…」

「スズのことだ、誰かの前で泣いたりしねぇだろ。我慢してるんじゃないかと思って。」

「そんなこと、ないよ。」

「じゃあ…何でそんな泣きそうな顔してんだよ。」

「…」

「俺で良ければ、胸ぐらい貸すけど。」

「!」

「…頼りないか?」

「そんなことない!でも…今泣いたら、止まんなくなりそうで…」

「この悲惨な状況で止める必要なんかねぇだろ。オマエはいつも我慢し過ぎなんだよ。」

「恵…」

「…ほら。」


穏やかな表情でそう言って、伏黒は両手を広げる。

五条の次に付き合いの長い彼は、同い年でありながら、スズにとってはどこか先輩のような存在だった。

呪術師としても、同じ式神使いとしても、経験や知識は伏黒の方が優れているから。

稽古をつけてもらったことも、1度や2度ではない。

虎杖や釘崎には出来ない相談も、伏黒になら素直に話せる。

だから普段滅多に見せない涙や弱音を見せるなら、五条以外には伏黒だけだろうと、スズは心のどこかで思っていた。

それがまさか、このタイミングでやって来るとは…


「恵ぃ…」

「思いっきり泣け。俺以外、誰も聞いてねぇから。」

「うぅっ…」


伏黒に抱きついたスズは、それからしばらく声を上げて泣いた。

自分の腕の中で小さい子のように泣きじゃくる想い人を、伏黒は強く抱き締める。

震える体をさする度、自分の服を掴む力が強くなるのを感じる度、彼女への想いや愛おしさが増していく伏黒。

"守ってやりたい"

自分の中でどんどん大きくなるその気持ちを感じながら、時間は過ぎていくのだった。


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あれから結構な時間が経ったはずだ。

少なくとも、さっきより外の闇は濃度を増している。

気づけば、スズの呼吸がだいぶ穏やかになっていた。


「…少しは落ち着いたか?」

「うん…でも今はまだ顔見ないで。ボロボロだから。」

「ふっ。はいはい。」

「それとごめん…服に鼻水ついちゃった。」

「それは別にいいよ。」

「あと…」

「まだあんのか?」

「ありがと。」

「! …どういたしまして。」


スズがモゾモゾし始めたのを感じ、伏黒は腕の力を緩める。

言われた通り、視線はちゃんと上の方に向けて。


「もう顔見ていいか?」

「…いいよ。まだちょっとヤバイけど…」

「本当だな。目真っ赤。」

「だって…」

「バカ、こすんな。腫れるぞ。今何か冷やすもん持ってくるから、そこ座ってろ。」

「うー…ありがとう。」


未だ涙目状態のスズの頭を優しく撫でてから、伏黒は水を取りに動き出す。

だが不意に足を止めると、クルッとスズの方を振り返った。


「?」

「俺は…その顔も好きだけどな。」


そう言ってキレイな微笑みを向けられ、スズは一気に顔が熱くなる。

何も返せず口をパクパクさせている彼女を残して、伏黒は今度こそその場を後にした。


「スズ、水持ってきた…寝ちまったか。目腫れても知らねーぞ?」


数分後。

戻って来た伏黒は、壁に頭を預けて眠っているスズに、笑いながらそう声をかける。

目線を合わせるようにしゃがみ、想い人の穏やかな寝顔を見つめる伏黒。

吸い寄せられるように顔が近づき、互いの唇が今にも触れそうになった時…


「伏黒君、お待たせー!」

「! あ、先輩。お疲れ様でした。」

「ありがとう。あれ、スズちゃんどうしたの?具合悪い?」

「いや…泣き疲れて寝ちゃいました。」

「そっか…頑張ってたもんね、スズちゃん。」

「はい…頑張りすぎです。…奥に運んできます。」

「うん。」


虎杖を連れて戻って来た乙骨にそう告げると、スズを横抱きにして伏黒は立ち上がる。

そして簡易的に作ったベッドへ寝かせ、自身もその横にイスを持ってきて座った。


「(乙骨先輩が来なかったら、間違いなくキスしてた…今はそんなことしてる時じゃねぇのに…)」


頭を抱えながらそんなことを考えているうちに、向こうの部屋から同期の声が聞こえてくる。

気持ちを切り替えるように自身の頬を両手で叩き、伏黒は席を立った。



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