世の中がどれだけ混乱に陥っていても、朝は必ずやってくる。

眩しい程の朝日が差し込む部屋で最初に目を覚ましたのは、ボディーガードのお陰で熟睡できたスズであった。

眠りに落ちる前に感じた両手の温もりは、目覚めた今も尚、彼女に安心感を与え続けていた。

少し視線を動かせば、右側には自分の肩に頭を乗せて気持ち良さそうに眠る虎杖の姿。

反対側に目をやれば、こちらへ頭を傾けて穏やかな寝息を立てる伏黒がいた。

2人のあどけない姿に笑みを見せたスズは、お礼の意味を込めて彼らの手をギュっと握り返すのだった。





第89話 賭け試合 ー後ー





そのちょっとした動きに、2人目の人物が目を覚ます。

ゆっくりと目を開けた伏黒は、すぐに隣にいる想い人の方へ顔を向けた。


「起きてたのか。」

「今さっきね。手、ありがとう。お陰で安心して寝れた。」

「なら良かった。…おはよ、スズ。」

「おはよう、恵!」


虎杖がまだ寝ているため、お互いに小声で話す2人。

寝起きすぐとは思えない穏やかな笑顔を向けられ、伏黒は思わずスズの頬に手を伸ばした。

驚きと恥ずかしさから視線を逸らし、ほんのり赤くなったスズを、一番近くで守り続けたいと強く思う。

そしてあわよくば自分のことを好きになってくれたらいいのに…と、願わずにはいられなかった。


「…そんな顔してると、手出しちまうぞ?」

「えっ…!」

「(ヤバイ…このまんまじゃマジで抑えらんねぇかも)ふっ、冗談だよ。眠気覚ましにちょっと歩いてくる。」

「あ、うん!…すぐ戻って来る?」

「! 当たり前だろ。虎杖のこと頼むな。」


"了解!"と笑うスズの頭をポンと撫でてから部屋を出た伏黒は、ドアが閉まると同時に両頬をピシャっと叩く。

それはスズの言葉1つ1つに反応してしまう自分を律するかのようで…

1つ大きく深呼吸をしてから、彼はホテルの外へと向かった。


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伏黒が出て行ったドアが閉まる音で、最後の1人が目覚めた。

自分の肩に頭を預けたまま"ん〜"と目を擦る虎杖に、スズは微笑みながら声をかける。


「悠仁、おはよう。」

「おはよう、スズ…って、ごめん!肩、大丈夫だった!?」

「うん、全然!手握ってくれてありがとう。朝までぐっすりだった。」

「俺が繋ぎたいって思ったから繋いでただけだよ。でもスズがちゃんと寝れたなら良かった!…あれ、伏黒は?」

「ちょっと散歩行ってくるって。」

「そっか。」


そう言った虎杖は、珍しく2人きりになった空間を嚙みしめるようにゆっくりと話し始める。

その内容は、他の誰かがいては絶対に話せないものだった。


「せっかく2人になれたからさ…少し話してもいい?」

「もちろん!どうした?」

「…俺、宿儺と体を共有するようになってから、自分のこと好きになれなくてさ。

 たくさんの人を傷つけて、殺して…なのに全然アイツのこと制御できなくて…何度も自己嫌悪で潰れそうになった。

 でもそういう時…いつも傍にスズがいてくれたんだ。スズが"大丈夫、一緒に頑張ろう"って言ってくれる度に、すげー元気もらってた。

 あーこんな俺でも生きてていいんだって、思えたんだよね。」

「生きてていいって…そんなの当たり前じゃん!!悠仁が死ななきゃいけない理由なんてない!

 誰かにそういうこと言われたの?言った奴、私がぶん殴ってくるよ!!」


ガバッと立ち上がったスズは、虎杖の前に立って怒りの表情を見せる。

いつも自分に全力でぶつかってきてくれるスズへの想いが溢れ、虎杖は彼女の腰にギュッと抱きついた。


「うわっ…!ゆ、悠仁?」

「…ありがとう。スズのそういうとこ、すっげー好き。」

「!」

「ごめん。返事いらないって言ったのに、スズの顔見てると…言葉が抑えらんない。」

「悠仁…」

「スズのことが好き。…俺に出会ってくれてありがとう。」


腰に手を回し、上目遣いでお礼を伝えてくる虎杖に、スズの脳内はショート寸前。

ドキドキが止まらず、照れ隠しに虎杖の頭をワシャワシャと撫でると、彼は嬉しそうに笑う。


「スズ、照れてる?」

「あんな風に言ってもらって、照れない人いないから…!」

「ふふっ。…スズ。」

「ん?」

「頭撫でられんの気持ち良かったから…もっとして?」


意識的か無意識なのか、普段の姿からは想像も出来ないほど色気が増している今の虎杖。

またしてもテンパるスズは"もうしません…!"と赤い顔で伝えながら、そんな彼の腕を脱出した。

が、ふとその動きを止めるとクルッと虎杖の方を振り返る。


「…こちらこそ。」

「え?」

「こちらこそ、出会ってくれてありがとう。悠仁に会えて、本当に良かった!」

「スズ…!」

「戻った。あぁ、起きたか虎杖。」


満面の笑みで告げられた言葉に、虎杖はスズに駆け寄りたい衝動を必死に抑える。

伏黒の帰りがあと数秒遅かったら、間違いなく抱き締めていた。

ふーっと大きく息を吐いた虎杖は、表情を切り替え笑顔で同期を出迎えるのだった。



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