なかなか顔の火照りが取れないスズをその場に残し、宿儺は特級呪霊の方へと足を向ける。

そして先ほどのやり取りで、すっかり度肝を抜かれた様子の呪霊に、王は笑顔で声をかけた。


「散歩は嫌か。まぁ元来呪霊は生まれた場に留まるモノだしな。良い良い。…ここで死ね。」


一瞬にして険しい顔になったかと思えば、次の瞬間には特級呪霊を張り倒す宿儺。

その衝撃は、叩きつけられた地面が呪霊の形に抉られる程。


「ほら、頑張れ頑張れ。」


失神状態から意識を戻した呪霊に追い打ちをかけるように、宿儺はポケットに手を突っ込んだまま顔面に強烈な蹴りをお見舞いした。

この蹴りの威力も尋常ではなく、今立っている橋のような足場がガラガラと崩れ落ちてしまった。

当然スズにも影響があり、彼女はふわっと空中に放り出される。

すぐさまそちらに向かおうとした宿儺の足を特級呪霊が掴み放り投げようとするが、それは失敗に終わった。


「呪霊といえど、腕は惜しいか?」

「宿儺…!」

「ケガはしてないな?」

「あ、うん。大丈夫…!」


落ちてくる瓦礫の上に胡坐をかいている王の手には、自分の足を掴んでいた呪霊の腕が、傍らには愛しの彼女の姿があった。

"ありがとう"と言われれば、呪霊に向けている顔とはまるで違う表情で頭をポンポンと撫でるのだった。

そうして無事に地面へ降り立った宿儺は、自由落下してきた特級呪霊に対してまたも強烈な攻撃を加える。

結果、宿儺の傍らに立つスズの目の前には、もがれた四肢と一緒に壁に埋め込まれている呪霊の姿があった。


「我々は共に"特級"という等級に分類されるそうだ。俺と…オマエがだぞ?」

「(確かに宿儺を見てると、この呪霊が特級だとはとても思えない…なんつー強さよ。)…あっ!」

「ん?どうかしたか?」

「呪霊が…!」


スズがそう言うのと同時に、失った手足を再生させた呪霊が壁から出て地面に着地した。

宿儺にとっては大したことのない呪霊も、スズにしてみればやはり特級レベル。

急に近づいた距離に体が反応し、スズは反射的に宿儺の後ろに隠れる。

そんな彼女を庇うように呪霊との間に立つと、王は相変わらずの余裕っぷりで話しかけるのだった。


「嬉しそうだな。褒めてやろうか?だが呪力による治癒は人間と違い、呪霊にとってそう難しいことではないぞ。
 
 オマエもこの小僧も、呪いのなんたるかをまるで分かっていないな。スズは…」

「ん?」

「負のエネルギーを使った領域展開はまだできないのか?」

「あ、うん。いまいちイメージが掴めなくて…」

「そうか。なら、いい機会だ…教えてやる。本物の呪術というものを。」


スズに少し笑みを見せると、宿儺は両手の中指と薬指を立てた手印を作り、静かに唱えた。

それは王と呼ばれるに相応しい、今までにも増して低く威圧感のある声だった。


「領域展開 "伏魔御廚子"」


宿儺が詠唱を終えた途端、背後に牛の骨に囲まれた四阿あずまやのようなものが現れた。

よく一緒に任務に行く五条のそれとは全く違う領域に、スズはビビッて宿儺の服を掴みつつも、キョロキョロと辺りを見回した。

その様子を楽しそうに見ていた宿儺は、自分の服を掴んでいるスズの手を握り、スライスされた特級呪霊の元へ足を進める。


「あ、あの宿儺…ここって、私がいても大丈夫なの…?」

「当然だろう。心配しなくても、オマエは領域内の攻撃対象から外してる。のんびりしていろ。」

「のんびりは無理でしょ…って、何それ!!スライスされてる!?」

「今気づいたのか。のんびりしてるじゃないか。」

「領域に気を取られてただけです…!」

「ふっ。それにしても…3枚におろしたつもりだったんだが、やはり弱いなオマエ。」

「(あの特級呪霊が、こんなことに…)」

「そうそうそれから…これは貰っていくぞ。」


スライスされた呪霊の真ん中に当たる部分から、宿儺は自身の指を取り出した。

指を失った呪霊がザフッと消え去り、場は本当の意味で静寂を取り戻したのだった。

片手をポケットに入れ、もう片方の手でスズの手を握ったまま、その場から少し移動する。

そして、体を共有する彼へと声をかけた。


「終わったぞ!!不愉快だ!!代わるのならさっさと代われ!!」

「(…あれ?代わるの遅いな。)」

「…小僧?」

「え、悠仁…?」


指定した時間ピッタリに戻ってきた前回と違い、今回はやけに戻りが遅い。

心配したスズが顔を覗き込めば、そこには何か企んでいそうな悪い笑みを浮かべた宿儺がいた。

だが彼女の視線に気づくと、少し表情を和らげ、何か催眠をかけるような口調で語りかけるのだった…


「悠仁、戻って来ないの…?」

「あぁ、そのようだな……それよりスズ、俺の目を見ろ。」

「ん?何…?」

「…」

「…宿儺?」

「…また後でな。」


スズの目をジッと見つめた後、偶然にも虎杖が最後に残したのと同じ言葉を発し、宿儺は彼女の額に人差し指を当てた。

意識を失ってその場に崩れ落ちるスズの体を、王は優しく受け止め横抱きにすると、静かに建物の外へと歩き出した。



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