結界内を歩き回ること数十分。

スズがまず感じたことは、泳者の少なさだった。

今の自分の状態を考えれば、他の泳者に会わないに越したことはないのだが、これだけ少ないと情報収集ができない。

どうしたものかと頭を悩ませながら、スズは目に入った公園のベンチに一旦腰を下ろした。

と同時にスッと意識を失ってしまう。

呪力だけが流れ、呼吸も脈も止まっている…あの状態だ。


"スズ"


結界に入る前に聞いた声で再び名前を呼ばれ、スズはゆっくりと目を開ける。

まだ焦点が定まらず、ボーっとした表情の彼女を見て、王は穏やかに声をかけた。


「起きたか?」

「…宿儺、だったんだ。」

「ん?何がだ。」

「結界に入る前に、誰かに呼ばれた気がして…誰だろうって思ってたから。」

「あー呼んだかもしれない…会いたくてな。」


自分の膝を枕にして横になっているスズの頭を愛おしそうに撫でながら、宿儺はそう言って笑みを向ける。

その表情はとても呪いの王とは思えない程、優しく色気を含んだものだった。

今の自分の体勢も相まって、一気に顔に熱が集まるスズ。

ガバッと体を起こすと、手で顔を覆ったまま宿儺から距離を取った。

突然離れた想い人を面白がりながら、王はすぐに間合いを詰める。


「顔を見せろ。手が邪魔だぞ。」

「い、今は無理…!ていうか、今日の宿儺…」

「俺がどうした?」

「何か…フェロモンが出てる!」

「は?何だそれは。」

「えっ、何って言われると難しいな…んー…色気?」

「! そういうことか。…俺は何も変わってない。もし今日の俺がいつもと違うとすれば…変わったのはオマエじゃないのか?」

「へ?」

「オマエが俺を意識してるから、俺に色気を感じるんだろ。」

「そ、そんなことないよ…!」

「その顔で言われても説得力がないぞ。」

「…」

「ふっ。とりあえずオマエの言い分は分かったから、もうこっちに来い。」

「えっ…」

「スズに触れたい。」


熱っぽい視線を向けられ、スズはまた顔を赤くする。

"早く"と低い声で囁かれれば、抗うことは難しくて…

おずおずと1歩踏み出せば、すぐに腕を取られギュッと抱き締められた。

いつも以上に体が熱いスズに満足そうな宿儺だったが、次に出てきた言葉は彼女を咎めるものだった。


「それにしてもオマエ、よくこの呪力量で結界に入ってきたな。」

「…確かに危ないって言われたけど、状況が状況だし…あ、でも誰とも会わなかったから平気だよ!」

「他の奴と出くわす前にここへ連れて来たんだから当然だ。」

「えっ、そうだったの!?」

「惚れた女がこんな状態で殺し合いに参加してるのを放っておけるわけないだろう。」

「ありがとうございます…!」

「ふん。…まぁ会いたいのは、大前提としてあったがな。そういうわけだから、呪力が完全に回復するまでここからは出さない。いいな?」

「はい…」


王の有無を言わせない命令に、スズはただただ素直に返事をするしかなかった。

これから先、仲間が殺し合いに巻き込まれていく中で、スズの治癒能力は必要不可欠。

いつまでも呪力が回復しないままでは周りに迷惑をかける。

だから相手が呪いの王であることは一旦忘れ、スズは宿儺の言葉に甘えることにしたのだった。

座った状態で宿儺に体を預けながら、スズは静かに問いかける。


「宿儺…」

「ん?」

「…恵に何しようとしてるの?」

「! …相手がいくらオマエでも、それは言えない。」

「そっか……酷いこと、しないで欲しい…」

「……考えておく。」


そう言った宿儺がスズの目元を手で覆うと、彼女の意識は再び深いところへ沈んでいく。

穏やかな寝息を立てる想い人のおでこに唇を寄せる王の表情からは、どんな感情も読み取ることができなかった。



to be continued...



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