仲介役がいなくなった現場は、何とも言えない空気と静寂に包まれる。

秤の方を見たまま振り向けずにいたスズとパンダは、背後から感じる圧に必死に耐えていた。

と、ついにその静寂が破られる。


「おい」

「「!」」

「女、名前は?」


そう問いかけられた瞬間、"頑張れ"とでも言うように、グッと親指を立ててスズの方を見上げるパンダ。

自分に矛先が向かなかった安堵感で、その顔は実に穏やかだ。

そんな先輩に恨めしげな目を向けてから、スズは意を決して振り返る。


「木下スズと申します!先程は鹿紫雲さんの大事な棒みたいなやつを蹴ってしまって申し訳ありませんでした!」

「あ?んなことは気にしてねぇし、謝る必要もねぇ。それより…座れ」

「は、はい」


胡坐あぐら状態の鹿紫雲に言われ、スズは彼の目の前に正座をする。

こちらに送られる熱い視線をまともに受け止められず、下を向いている彼女の目はキョロキョロと落ち着かない。

なかなか目が合わないことを不思議に思いながら、鹿紫雲はズイっと体を乗り出すと、スズの顔を覗き込んだ。


「オマエ、何でそんなに俺を怖がってる?」

「え、いや、だって…秤先輩の手吹っ飛ばしたし、パンダ先輩のことぐちゃぐちゃにしてたし…」

「最初に会った時に言ったよな?泳者じゃないオマエには手出さねぇって」

「そ、そんなの…鵜呑みにできない、ですよ…!」

「そういうもんか…ならもう一度言う。絶対に手は出さない。俺はオマエのその呪力に興味がある。反転術式は?」

「でき、ます」

「んー…でも理由はそれだけじゃなさそうだな。何でそんな変わった呪力なんだ?」

「私の体には元々正のエネルギーが流れていて…その中に負のエネルギーも入ってるから、変わった感じになってるのかなと…」

「元が正の力…なるほどな。どうりで他の奴らと違うわけだ」

「あ、あの!鹿紫雲…さん」

「鹿紫雲でいい。何だ?」

「傷の手当て…しましょうか?鹿紫雲も、すごくボロボロだから…」

「……頼む」


思っていたよりも凶暴な感じではなく、至って普通に会話ができていることに安心したスズ。

"手は出さない"という約束も、あの真っ直ぐな目を見る限り信じても良さそうだ。

となれば次に気になるのは、突如仲間となった彼のケガの具合と呪力量である。

外傷の酷さもさることながら、鹿紫雲の中には今ほとんど呪力がない。

どちらも危険な状態であるため、スズはすぐさま正の領域を展開した。


「! オマエ、正の力で領域展開できんのか!?」

「はい!むしろこっちが、私にとっては普通の領域展開です」

「確かに体質的にはそうなんのか。すげぇな…」


そんなことを話しながらも、鹿紫雲の表情は少しずつトロンとしたものになっていく。

胡坐状態でうつらうつらしている、さっきまでとは違う可愛らしい姿に、スズの表情が緩む。

思わず頭に手が伸び優しく撫でると、パッと目を開けた鹿紫雲はボーっと目の前の少女を見つめた。


「…人に頭撫でられんのは初めてだ」

「す、すみません!つい、可愛い、くて…」

「俺が…?目おかしくなったんじゃねぇのか…」

「そんなことないですよ!可愛いものは可愛いです!あの…怒ってないんですか…?」

「そんなんで怒らねぇよ。あー何か…オマエといると変な気持ちになる…」

「えっ!?」

「ふっ、何顔赤くしてんだ。やらしいこと考えてんじゃねぇよ。……スズ、膝貸せ。少し寝る」


鹿紫雲が不意に見せた微笑みと、眠気から来る彼の気だるげで色っぽい雰囲気に、スズは途端にアワアワする。

言動が落ち着かない彼女を面白く思いながら、当の本人はさっさと寝る体制に入った。

寝ころんだ数秒後には寝息が聞こえ、スズの動きは見事に封じられたのだった。


------
----
--


「おいおいおい、何がどうなってそういう状況になったんだ?」

「あ、秤先輩…!」

「俺がいない数十分の間に、殺し合いしてた相手を膝枕してるっておかしいだろ」

「いや、その、あれよあれよという間に…」

「悟にしろ宿儺にしろ、スズは何かそういうヤベー奴に好かれるよな〜」


スズの隣にちょこんと座っていたパンダは、どこか楽しそうにそう呟く。

秤が用事を済ませて戻って来てみれば、何故か鹿紫雲を膝枕する後輩がいて…

そのあまりにぶっ飛んだ光景に呆れながら、彼もまたスズが展開している領域の中に入った。

気持ち良さそうに眠る鹿紫雲を横目に、秤は負傷した腕を差し出し、スズの治療を受ける。

多少時間はかかったが元通りになった腕を見て、秤やパンダは改めて彼女の力のすごさを思い知った。


「いや〜マジで治んだな。ありがとよ!」

「どういたしまして!でももうあんまり無茶しないでくださいね」

「約束はできねぇが…とりあえず了解」

「スズはこの後どうすんだ?」

「ちょっと向こうに戻ろうかと。恵のことも心配なので…」

「それがいいな。じゃあ…起こさないと」


パンダが指さす先には、未だ鹿紫雲が穏やかな寝息を立てている。

早く起こせと、互いに目でやり取りする3人。

だが話し合う余地もなく、起こすのは一番後輩であるスズに決まっていた。


「…鹿紫雲〜起きてくださ〜い」

「……ん…」

「私、もう行かなきゃいけなくて…」

「…どこ行くんだ?」

「第1結界に。負傷してる仲間の様子を見に行きたいんです」

「そうか……でも離れたくねぇ…まだ寝る」

「おら、鹿紫雲!起きろ!またあとでいくらでもしてやるってよ!」

「え、私そんなこと言ってない…!」


スズの言葉は完全に無視し、秤は適当なことを言いながら寝ぼけ眼の鹿紫雲を彼女から引っぺがす。

まだ彼がポヤポヤしてる隙に行けと先輩コンビから合図をされ、スズは一旦第2結界に別れを告げるのだった。



to be continued...



- 275 -

*前次#


ページ:

第0章 目次へ

第1章 目次へ

第2章 目次へ

第3章 目次へ

第4章 目次へ

第5章 目次へ

第6章 目次へ

第7章 目次へ

短編 目次へ

章選択画面へ

home