「ふっ、冗談だよ。」

「…へ?」


聞こえてきた言葉が、一瞬理解できなかった。

何が冗談?どこまでが本気?

頭の中でグルグルと考えが巡り、スズはショート寸前だった。

"何もしねぇから安心しろ"と言いながら体勢を元に戻した伏黒の気配を感じ、スズはようやく両手を顔から離した。


「顔が、戻ってる…」

「そんなに違ったか?」

「違ったよ!色気の塊みたいな顔してた…!」

「どんな顔だよ、それ。」


ベッドに腰かけた状態で、伏黒は穏やかな笑みを見せる。

そこにさっきまでの妖艶な雰囲気はなく、いつもの普通の彼であった。

同じように隣に腰かけたスズは、ジーっとその横顔を見つめる。


「何だ?」

「何で急に、あんなこと…」

「…男は狼だって教わんなかったか?」

「聞いたことは、ある。」

「それを体験させてやったの。……俺も、虎杖も、五条先生も…スズとあーいうことしたいって思ってる。」

「えっ…!」

「それぐらい好きなんだよ、オマエのことが。俺だって、次は抑えられるか分かんねぇ。だから…」

「だから…?」

「自分の行動に気をつけること。いいな?」

「は、はい。」


膝の上に手を置き、背筋を伸ばした状態で返事をするスズ。

そんな彼女の頬に、伏黒は優しく触れる。


「恵…?」

「好きだ。」

「! きゅ、急に何…!」

「…クグノチに言われたんだ。俺はあんまりそういうこと口に出さないって。」

「あ、そう…だったんだ。」

「虎杖とか五条先生はそういうの得意だろ?言われた時、あー確かになって思ってさ。そのせいで、俺だけスズへの気持ちが少ないって思われんのは…嫌なんだよ。」

「ふふっ。確かに恵はそういうこと言わない方だけどさ…その分、表情とか行動に出てると思うけどな。」

「そうか?」

「うん。だって…大事にしてもらってるなって、感じるから。」


"いや、自分で言うなよって感じだね!"

そう言って照れ臭そうに笑うスズが可愛くて、伏黒はまた彼女に触れようと手を伸ばす。

と、そのタイミングでドア代わりのカーテンがシャッと開けられた。


「おーい!まだ飯食わねぇのかー?」

「…先に便所と風呂へ行く。その間に状況をまとめておいてくれ。」


羽からの問いかけにそう答えた伏黒は、最後にスズの方へ少し笑みを向けてから部屋を出て行った。


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サッパリした伏黒が戻ってくると、彼を囲んで話し合いの場が設けられた。

ここに来るまでの経緯や各自の点数の確認、その結果目標としていたノルマが達成されたこと…

姉を助ける道がまた1つ開けたことに、伏黒の表情も穏やかなものになっていた。

突然行動を共にすることになった来栖や羽も協力的であり、場はとても和やかだ。

となれば、次に気になるのは…


「来栖に聞きたいことはそれだけじゃない…俺達は"天使"と呼ばれる泳者を捜してる。だが"天使"の居場所は東京第2結界と聞いていた。

 来栖は"天使"なのか?だとしたら何故俺を助けた?何故東京第1にいる?」

「"天使"は私だよ。女の子にそう矢継ぎ早に質問するもんじゃない。」

「あ、おそろい。」


不意に来栖の頬に口が現れたかと思えば、その人物は自分のことを"天使"だと言う。

虎杖・宿儺の関係性と似たものを感じ、彼女の隣に座っていたスズも驚きの表情を見せた。

天使は伏黒からの質問に、1つ1つ丁寧に答えていく。

思っていたよりも知的で落ち着いた印象の天使に、伏黒は今回の作戦の肝となる確認をした。


「天使の術式で、受肉した泳者を受肉前の状態に戻せるか?」

「無理とは断言できないが、九割九分死ぬ。受肉とは呪物と肉体の融合でもあるからね。都合よく片方だけ引き剥がすのは難しい。」

「(俺が死ねば宿儺も死ぬってのもそういう理屈だもんな…)」

「元に戻したい人がいるのか?残念だが役に立てそうもない。」

「いや、天使に解いてほしいのは獄門彊と呼ばれる特級呪物の封印だ。」

「その中に、大切な人が閉じ込められてるんです…」

「成程。呪物の封印ならば可能だろう。」


天使のその言葉に伏黒と虎杖は拳を合わせ、そのままスズへ笑顔を向ける。

彼らに応えるように見せたスズの表情も明るいものだった。

しかしその後に天使はさらに言葉を続ける。


「だが先にこちらに協力してもらう。獄門彊の封印を解くのはそれからだ。」

「! まさか…受肉した泳者を全員殺すのを手伝えと言うのか?」

「そこまでがめつくはないさ。1人だけ、受肉した泳者の中になんとしても屠りたい者がいる。

 "堕天"…この泳者を殺すことができれば、君達への協力は惜しまないことを約束する。」


"堕天"という単語を聞いた瞬間、虎杖の様子が変わった。

突如宿儺の生得領域に連れ込まれた彼は、領域のぬしと久しぶりの再会を果たす。


「何の用だよ。こっちはテメェの面見るだけで胸糞悪ィんだ。」

「クックッ…馬鹿が口を滑らせる前に教えてやろうと思ってな。」

「?」

「"堕天"は俺だ。」

「は?」

「? 虎杖?どうした?」「大丈夫?」


ボーッとしている同期に、そう声をかける伏黒とスズ。

心配そうにしている2人に、自分が今聞いた事実をどうにか伝えなければと虎杖は頭を働かせる。

絶対的な前提条件は、来栖に知られないようにすること。


「……ちょっと、具合悪いかも…来栖、横になりたいからソファ譲ってくんない?」

「いいですよ。」

「なら私も「いや、スズはそこにいて。」


そう言いながら来栖と場所を交換した虎杖は、ソファにストンと腰を下ろす。

表情を見ようと顔を近づけてくるスズの耳に、虎杖は小声でさっき知った事実を告げた。


「…"堕天"は宿儺のことだった。」

「えっ…」

「それを伏黒にも伝える。」


いきなり突きつけられた事実に混乱するスズを他所に、虎杖は来栖の死角から伏黒へ合図を送る。

最初は困惑した面持ちだった伏黒だが、持ち前の冷静な頭で何とか意味を解読した。

五条解放のためには天使の力が必要不可欠。

だが天使の力を借りるためには、堕天こと宿儺を殺さなければならない。

自己犠牲の気持ちが人一倍強い虎杖のことだ…皆の、そして呪術界全体のためならば、自らの命を差し出すことを厭わないだろう。

何か考え込む虎杖に視線を送りながら、スズと伏黒はツラそうに顔を見合わせた。

と、同期3人がそれぞれ思い悩む中、不意に天使が声を発する。


「…妙だ。凄い数の人間が結界に侵入している。」

「分かるのか?」

「私じゃない。コガネ!!」

『はい。』

「10分前から増加した泳者の数を出してくれ。」

「あ?」「ん?」「おー?」「え?」「へ?」


各自が驚きの声を上げるのも無理はない。

来栖のコガネが映し出した画面には、807という異様な数字が表示されていた。

この異常事態に5人は今後の動きを決める。

もしもの場合、このまま夜通し動き続けることになるかもしれない。

その前に一度しっかり体を休めた方が良いということになり、全員1時間の仮眠をすることになった。

女性陣はベッドで、男性陣はイスやソファで静かに目を閉じる。


"スズ"


皆が寝静まった頃、不意に彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。



to be continued...



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