"スズ"
いつぞやと同じ声が、再び彼女の名を呼んだ。
だが日々の肉体的疲労と緊張感のある中で過ごすことによる心の疲労に、伏黒の復活という安心感が重なったスズ。
それにより彼女の眠りはいつも以上に深いものだった。
隣で眠っていた来栖から声をかけられるまで、スズは一度も目を覚まさなかった。
第99話 未知への供物
1時間後…
目覚めた5人は、列を成してホテルの階段を駆け下りていた。
「おそらく羂索の狙いは、呪霊による非術師の一方的な大量虐殺だ。」
「なんで!?」
「死滅回游の泳者の呪力によって結界が満ち切らなかった時の保険だな。」
「だとしても1000人単位の一般人がどうして結界に押し寄せる!?」
「よっぽどの餌がないと、こんなことにはならないよね…」
「餌……俺のせいかもな。俺の人気が人々を狂わせる。」
「…こういう時はふざけない方がいいよ。」
「まんすぅ〜」
女性陣を真ん中にして走っていた一行は、ようやく1階のフロントへ到着した。
入るなり、フロアのあちこちから視線や殺気が飛んでくるのが分かる。
早速放り投げられた発煙筒はスズが呪力で防ぎ、転がって来た手榴弾は虎杖が蹴り飛ばして対処する。
爆風からスズを守るため、対処後すぐに虎杖は彼女の手を引きソファの影に身を隠した。
「スズ、平気?」
「うん、ありがとう!」
「あれって軍人、だよな?」
「そうだね…いきなり攻撃してきたとこを見ると、ポジティブな理由で来たわけじゃなさそう。」
スズのことを抱き寄せたまま、2人はそんな言葉を交わす。
少し先の柱の影にいる伏黒と目が合えば、彼も同じようなことを考えているのが分かった。
そうして互いに1つ頷くと、鎮圧に向けて一斉に動き出すのだった。
羽が単独で自由に動く中、残りの4人は虎杖とスズ、伏黒と来栖でそれぞれペアを組み、襲いかかってくる軍人を迎え撃つ。
男性陣の攻撃で弱った相手の手足を女性陣が拘束することで、次々に現れる軍人達の動きを封じていた。
「ほっ!」
『おい、悠仁!何だその弱っちぃパンチは!!もっと腰入れろ!』
「いや、今そんな強いパンチいらないっしょ!つーか、何でカグツチ出てきてんの!?」
『スズ守るために決まってんだろ!それ以外に何があんだよ。』
「俺が傍にいるから大丈夫だって!」
『…結界入って来た時、早々にスズから離れたのは誰だよ。』
「!」
「カグツチ!それは悠仁達のせいじゃないって言ったでしょ?謝って。」
『…やだ、謝んねぇ。本当のことだろ。』
「カグツチ!」
「いいんだ、スズ。大切な人が危ない目に遭って怒るカグツチの気持ちは…めちゃくちゃ分かるから。ごめんな、カグツチ。」
『…』
「でもこれだけは分かって欲しい。スズは…俺にとってもすげー大切な人だよ。命に代えても守るって決めてる。」
「悠仁、何言ってんの…!」
『俺もだ。主守って死ねんなら、式神としてこれ以上の幸せはねぇ。オマエも同じ覚悟だと思っていいんだな?』
「あぁ。」
『……なら許してやる!でもさっきのパンチはダメだ!俺の見てマネしろ!』
「まだそれ言ってんのかよ〜カグツチのとそんな変わんないと思うけどな〜」
『バカ!オマエの目は節穴か?全然違ぇだろ!こうだ!』
「だからこうだろ?」
『違ぇ!こうだって!』
話題の中心にいたはずのスズを置いてきぼりにして、男2人は何やら盛り上がりながらまた軍人達の相手を始める。
2人が自分のことを大切に思ってくれているというのは十二分に伝わって来た。
それ自体はとても嬉しいし、ありがたい限りだ。
だがきっと今の彼らの頭の中に、もうスズはいないだろう。
殴り方を互いに披露して楽しそうにしている姿はまるで兄弟のようで、可愛らしささえ感じるほど。
結果として事態も収拾の方へ向かっているし放っておくか…と、スズは苦笑しながら後をついていくのだった。
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