"スズ"
いつぞやと同じ声が、再び彼女の名を呼んだ。
心身共に疲れていたはずなのだが、何故だかその声に呼ばれると意識が浮上してくる。
そうしてゆっくりと目を開けたスズは、すぐに自分が見慣れた生得領域に立っていることを理解した。
第99.5話 もう1つの世界 〜宿儺と共に〜
目覚めた時、いつも必ずと言っていいほど傍にいた宿儺が、今日は何故か見当たらない。
小さな声で彼の名を呼びながらキョロキョロと視線を動かしているスズを、当の本人は少し離れた場所から楽しそうに見守っていた。
しばらくそうしていた後で静かにスズの方へ向かうと、宿儺は彼女を背後からギュッと抱き締めた。
「ひゃっ…!」
「随分と俺を捜していたな。」
「お、驚かさないでよ!」
「あんなに名前を呼んで…そんなに俺に会いたかったのか?」
「別に、そういうわけじゃ…」
「…」
「…だって、いつもは…傍にいるのに…いなかった、から。」
下を向いたまま、そう言って顔を赤らめるスズ。
思っていた反応と言葉を見聞きできたことで、呪いの王は満足そうな表情を見せる。
だが今日の王は少し様子が違った。
不意に表情を戻すと、スズの体を反転させ向かい合わせの体勢になった。
「宿儺?」
「…今日はオマエに話したいことがある。」
「話したいこと…」
「あぁ。場所を変えるぞ。」
そう言いながらスズの手を握ると、宿儺はゆっくりと歩き始める。
彼の普段とは違う雰囲気にのまれ、スズはただただ前を行く大きな背中を見つめていた。
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辿り着いたのは、生得領域の中でも今まで来たことのない場所だった。
他のところのような邪悪な要素は皆無で、全体的に白っぽいその部屋は、宿儺のイメージとはかけ離れていた。
ゴツゴツした骨や冷ややかな水場はなく、代わりにあるのは温かい空気とフワフワした地面。
まるで雲の上を歩いているかような不思議な感覚に、スズは思わず笑顔になる。
「宿儺の生得領域の中に、こんな場所があるなんて知らなかった。」
「俺もだ。」
「へ?」
「ここは、オマエと出会ってからできた場所だ。」
少し笑みを見せながらそう言った宿儺は、繋いだ手を離さずにその場へ腰を下ろした。
そのまま軽く手を引けば、スズも同じ目線になる。
驚きと戸惑いでいっぱいの顔を見せる想い人を、宿儺は座ったまま抱き寄せた。
「少し前に、オマエに聞かれたことがあったな。…伏黒恵に何をするのかと。」
「…うん。」
「奴の術式を初めて見た時、"使える"と思った。特に魔虚羅…あれは面白い。…だから手に入れようと思った。」
「そんなこと、できるの…?」
「やり方は小僧の時と同じ。俺の力を入れた指を喰わせるだけだ。」
「それって、恵の体を乗っ取るってこと!?そんなのダメに決まって「最後まで聞け。」
「…はい。」
「同じ日、オマエは最後に俺にこう言った…"酷いことをしないで欲しい"と。それに対する俺の返事を覚えてるか?」
「……考えておく、って。」
「そうだ。だから考えた。」
「?」
「…スズが俺のものになるなら、伏黒恵には一切手を出さない。」
「えっ…」
「さらに言うなら、体を乗っ取った後にやろうと思っていたことも…全て白紙にする。」
「…もう、誰も傷つけない…ってこと?」
「あぁ。」
体を離し目線を合わせた宿儺は、穏やかな声と表情でそう返した。
突然の申し出に、スズは当然困惑する。
しかしそんな状態でも、彼女の中で答えは既に決まっていた。
自分の行動で、大事な人達の身が保障されるなら…
「こういうやり方をすれば…オマエのことだ、断るという選択肢は頭にないだろ。」
「!」
「喜んで自分の身を俺に差し出そうと考えてる…生贄のようにな。違うか?」
「…」
「だが俺はそれを望まない。」
「え、ど、どういうこと…?」
「俺は、スズの身も心も全てが欲しい。生贄としてオマエを手に入れても、心が別の場所にあるのでは意味がない。」
「宿儺…」
「だから時間をやる。全てを俺に委ねる覚悟ができたら呼べ。」
そう言いながら優しく頬に触れた宿儺は、何か言葉を返そうとするスズを強制的に元の世界へ送り返した。
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