五条の誕生日会から日にちは瞬く間に過ぎていき、皆が皆それぞれに忙しい日々を送っていた。

スズも例外ではなく、この日も夜まで修行や話し合いに時間を費やしていた。

と、そんな彼女の元へ珍しい人物がやってくる。


「ちょっといいかな?」

「冥さん!どうしたんですか?」

「スズに1つお願いがあってね」

「お願い?」

「あぁ。五条悟対両面宿儺の戦いに、実況役として出向いてもらえないかな?」

「えっ」

「映像だけじゃなくて、現場の声もあった方が観客が喜ぶ」

「…そういう、ものですか?」

「そういうものなんだ」

「でも…悟先生の邪魔にならないでしょうか…」

「その五条君から相談されたんだよ」

「先生から?」

「スズに一番近くで見てて欲しいんだけど、何かいい方法はないか?って。

 私自身、現場の声があったらいいなと思ってたし、それならってことで話がまとまったんだ」

「……少し、考えさせて、ください」


戸惑いながら冥冥にそう言って、スズは駆け足でその場を後にした。

時はクリスマスイブの前日。

大事な一戦を明日に控えた、12月23日の夜のことだった。





第109話 予兆





スズが足早にやって来たのは、自分の部屋の隣…師匠が寝起きしている場所であった。

いつもでは考えられないような強さでドアをノックすれば、五条が驚いたように出てくる。


「先生!ちょっといいですか!」

「えっ?どうしたの、そんな怖い顔して」

「どうしたのじゃないです!冥さんから聞きました…明日のこと」

「あぁ!実況役ね。よろし「何でですか…」

「ん?」

「何でそんな…邪魔になるような役割を、私にさせるんですか…」

「スズ…」

「私、嫌です。先生の負担になりたくないです…」


そう言って俯くスズを見つめていた五条は、スッと彼女の手を握った。

そして反射的に顔を上げたスズに微笑みかけてから、静かに言葉を紡ぐ。


「今日はもう終わり?それとも、まだ何か予定ある?」

「いえ、ありません」

「じゃあ…部屋に誘ってもいい?」


控えめに頷くスズの手を引いて、自室へと招き入れる五条。

誕生日の時とは違う空気感の中、彼はまたハーブティーを入れて、定位置に座っているスズの前に置いた。

ラベンダーのいい香りに誘われてコップを手にする想い人に、五条は安心したように1つ息を吐いた。


「美味しい?」

「はい、すごく」

「良かった」


言いながらスズの背後に回った五条は、彼女の腰に手を回してギュッと抱き締めた。

首元に顔を埋める師匠の名前を呼べば、落ち着いたトーンで言葉が返って来る。


「悟先生?」

「ごめん。スズにそんな顔させたくて言ったわけじゃねぇの。ただ…いつもみたいに傍にいて欲しいって思っただけ」

「…分かってます。先生がそういう人じゃないって知ってます。でも…今回は本当に、絶対…邪魔になるから」

「俺が、一度でもスズに邪魔だって言ったことある?」

「ないです。…けど、もし明日私に何かあったら、絶対先生は助けようとしてくれるでしょ?」

「当然」

「その隙をついて、先生が宿儺にやられたらって思うと、怖いんです…」

「やられねぇよ。スズがいんのに、俺がカッコ悪いとこ見せるわけないでしょ?」

「そういうことじゃなくて!!」


クルッと振り返ったスズは、膝立ちの状態で五条と向かい合う。

明日の相手は、ただの呪いではない。史上最強と謳われる両面宿儺だ。

いくら五条と言えど、無傷というわけにはいかない。

今までで一番激しく厳しい戦いになることは間違いなかった。

だが今スズの目の前にいる最強呪術師は、それを微塵も感じさせないぐらい穏やかに笑っていた。


「また怖い顔してる。スズにそんな顔似合わないよ?」

「先生…!」

「俺ね、1つ確信してることがあんの」

「確信?」

「うん。宿儺は、絶対スズには手を出さない」

「そんなの、分かんないじゃないですか!」

「分かるよ。同じ女に惚れた男同士だから」

「!」

「スズが思ってる以上に、アイツはオマエのこと好きだよ。だからスズが傷ついたり、危ない目に遭うようなマネは絶対にしない。これがどういうことか分かる?」

「えっ…どう、って…」

「スズに宿儺の攻撃が及ぶことはないから、俺がスズを護るっていう行動も生まれない。つまり!スズのせいで俺が傷つくことは絶対にない」

「そんな上手くいくか…」

「俺も宿儺も心底オマエに惚れてんの。だからスズは何も怖がらなくていい。いつも通り俺の傍にいて?カッコイイとこ見せるから」

「……大きなケガしたら、許さないですからね…!」

「ふふっ。うん、りょーかい」


自信満々な笑みを向けられ、スズは緩む涙腺を隠すように座っている五条に抱きついた。

想い人からの言葉とハグに幸せそうな表情を見せたまま、五条もまた彼女の背中に手を回した。


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ラベンダーの良い香りに包まれる中、どのぐらいの時間が経っただろうか。

ようやく気持ちが落ち着いたスズは、ゆっくりと五条から体を離す。


「ごめんなさい、先生」

「何でスズが謝んの?何も嫌なことされた覚えないけど」

「大事な日の前なのに、突然押しかけちゃったから」

「どんな日の前でも、スズが来てダメな日なんかねぇよ」

「そ、そうだとしても!今日ぐらいは、穏やかに過ごさないとダメです。精神統一とか…」

「俺がそんなのしてるとこ見たことある?」

「ない、ですね。じゃあせめて、ハーブティー飲んでゆっくりしてください。分かってると思いますけど、夜更かしはしないようにね」

「…何か帰ろうとしてる?」

「当たり前じゃないですか。もう遅いですし」

「え、俺オマエのこと帰すつもりないけど」

「何言ってるんですか!誰かと一緒にいたら疲れますよ!?」

「スズ以外の奴とならね。俺がオマエといる方がリラックスできるって知ってんでしょ?

 それとも何、スズは俺が落ち着かない夜を過ごして、眠れなくなってもいいの?」

「そんなこと一言も言ってないじゃないですか!だって…こういう日は普通、静かに集中して…過ごすもの、でしょ?」

「"普通は"でしょ。俺は違う。こういう日だから、好きな女に傍にいて欲しいの」


"まっ、俺の腕の中にいる時点で、もう逃げられないんだけどね!"

楽しそうに笑ってそう言った五条は、ひょいとスズを抱えるとベッドの方へと歩き出す。

途端にテンパるスズを面白がりながら、五条は自慢のベッドに彼女を優しく着地させた。


「えっ!?またベッドで一緒に寝るんですか!?それは本当にダメ!」

「何でよ。スズ、俺のベッド好きじゃん。いつもグッスリ寝てるし」

「いや、好きですけど…そうじゃなくて!狭くてゆっくり寝れないですよ!」

「キングサイズのベッドにそれが通じると思う?」

「うっ…だって、でも…!」

「もう諦めろって。俺もう眠いから。早く寝るよ」


何とか断る理由を探しているスズを無視して抱き寄せると、五条はそのままベッドに倒れ込む。

抜け出そうとモゾモゾ動いていたスズだったが、ふと見上げた師匠の顔があまりにトロンとしていて…

"あ〜本当にリラックスしてるんだ"と思い知らされてしまう。

胸に耳を寄せれば、規則正しい心音が聞こえてきた。


「…先生は強引過ぎます」

「ふっ。知ってるくせに」

「ふふっ。おやすみなさい、悟先生」

「おやすみ、スズ。また明日ね」



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