「わざわざ貴重な指1本使ってまで確かめる必要があったかね、宿儺の実力。」

「中途半端な当て馬じゃ意味ないからね。それなりに収穫はあったさ。それに宿儺の一件で、ある人物が使えそうだってことにも気づいたし。」

「ある人物…?フンッ。言い訳でないことを祈るぞ。」


ある日の昼下がり…

袈裟姿の長身の男が、何者かと会話をしながら新宿の街を歩いていた。

そしてそのままファミレスへと入り、店員に声をかけられる。


「いらっしゃいませ。1名様のご案内でよろしいですか?」

「はい、1名です。」


にこやかにそう答える袈裟姿の男は誰かと会話していたはずなのに、店員はその人物を認識していない。

それは、彼の会話相手が一般人には見えないモノ…つまり呪いだったということ。

不穏な足音が、少しずつ近づいてきていた。





第10話 雨後





場所は変わり、呪術高専内の霊安室。

室内には医師である家入、補助監督の伊地知、そして…1年担任の五条の姿がある。

無機質な解剖台の上には白い布がかけられた虎杖の遺体と、家入によって入院着のようなものに着替えさせられたスズが横たわっていた。

2人を少し視界に入れながら、五条はカタカタと震える伊地知に対して静かに話しかける。


「わざとでしょ。」

「…と、仰いますと。」

「特級相手…しかも生死不明の5人救助に、1年派遣はあり得ない。

 僕が無理を通して、悠仁の死刑に実質無期限の猶予を与えた。面白くない上が、僕のいぬ間に特級を利用して、体良く彼を始末ってとこだろう。

 おまけに今年の1年にはスズがいる。一緒に死んでくれれば、陰陽師関係で僕にグチグチ言われなくなって上は万々歳だ。

 他の2人に関しても、死ねば僕に嫌がらせができて一石二鳥とか思ってんじゃない?」

「いや、しかし…派遣が決まった時点では、本当に特級に成るとは…」

「犯人探しも面倒だ。上の連中、全員殺してしまおうか?」

「珍しく感情的だな。」


普段の飄々とした雰囲気からは想像もできない程、怒りを前面に出している五条。

その矛先となっている伊地知を助けるように、家入は2人の会話に割って入った。


「スズはもちろんだけど、彼のことも随分とお気に入りだったんだな。」

「僕はいつだって生徒思いのナイスガイさ。」

「あまり伊地知をイジメるな。私達と上の間で苦労してるんだ。」

「(もっと言って…)」

「男の苦労なんて興味ねーっつーの。」

「そうか。で、コレが…宿儺の器か。好きに解剖バラしていいよね。」

「役立てろよ。」

「役立てるよ。誰に言ってんの。」


虎杖にかかっていた白い布を取り去ると、家入は改めてその体をじっくりと観察し始めた。

そんな彼女を横目に見ながら、五条は静かにスズが横たわる台の方へ足を向ける。

彼女の髪をそっと撫でる彼の表情は、傍目には分かりにくいが…とてもツラそうなものだった。


「…で、スズの方は?」

「…普通の医者が見れば、間違いなく死亡診断書を書くような状態だよ。」

「でも呪力は流れてる。」

「ああ。だから何とも言えない…っていうのが正直なところかな。」

「…僕の呪力全部あげても駄目?」

「! …残念だけど、そういう問題じゃないと思うよ。それだったら、私だってやってる。」


家入もまた、スズとは長い付き合いである。

自分と同じ治癒の能力に秀でているということもあり、五条の目を盗んで連れ出しては、仕事を手伝わせながらいろいろ教えていたのだ。

だから五条の献身的な発言に驚きはしたものの、彼女自身も同じような気持ちは抱いていた。

しかし2人の想いとは裏腹に、スズの意識は闇に沈んだまま、浮上する気配を見せなかった…



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