虎杖をイス代わりに使いながら、宿儺は話を始める。

何を言い出すのかと不安に思いながら、スズもまた静かに耳を傾けていた。


「ここはあの世ではない。俺の生得領域だ。」

「(ここが宿儺の…)」

「? 伏黒が言ってたよーな…」

「バカめ…"心の中"と言いかえてもいい。つまり、俺達はまだ死んでいない。オマエが条件を呑めば、心臓を治し生き返らせてやる。」

「偉っそうに。散々イキっといて、結局テメェも死にたくねぇんだろ。」

「事情が変わったのだ。近い内、面白いモノが見れるぞ。」


そう言った宿儺の脳内には、スズ達の同級生である伏黒の姿が浮かんでいた。

あの日の戦いで見せた、彼の爆発的な呪力と強力な術式…

それらに対して、宿儺は並々ならぬ関心を寄せているのだ。

だがそんなこととはつゆ知らず、スズと虎杖は引き続き宿儺の話に耳を傾ける。

王は生き返るための条件を2つ提示してきた。


「条件は2つ。俺が"契闊"と唱えたら、1分間体を明け渡すこと。そして、この約束を忘れること。」

「(この縛りはヤバイ気がする…悠仁にメリットがない。)」

「駄目だ。何が目的か知らねぇがキナ臭すぎる。今回のことでようやく理解した。オマエは邪悪だ。もう二度と体は貸さん。」

「ならばその1分間誰も殺さんし、傷つけんと約束しよう。これでいいだろう。はーうざ。」

「信じられるか!!」

「信じる信じないの話ではない。これは"縛り"…誓約だ。守らねば罰を受けるのは俺。」

「…本当か、スズ?」

「うん。相手が呪いの王でも、"縛り"は絶対。」

「身に余る私益をむさぼれば報いを受ける。それは小僧が身をもって知っているはずだ。」

「前は大丈夫だったろ!」

「あの時は俺も代わりたかった。オマエもあの術師に言われてやっただけ。利害による"縛り"…呪術における重要な因子の1つだ。」


そこまで喋ると、宿儺は考える時間を与えるように一転して静かになった。

虎杖はスズを掴んでいる手に少し力を込めて視線を自分に向かせると、意味ありげに小さく頷く。

詳細な意図は分からないまでも、何かしようとしてるんだと理解したスズもまた、ゆっくりした瞬きで返事をした。


「…分かった、どいてくれ。条件を呑む。何がしてぇのかよく分からんけど、まぁ生き返るためだしな。」


スズの手を借りながら、そう言って立ち上がった虎杖は、次の瞬間強烈なパンチを宿儺に食らわせた。

あの宿儺といえど、完全に油断していたため見事にヒットし、何歩か後方へ飛ばされた。

そしてスズを後ろに庇うことは忘れず、虎杖は再び宿儺と向かい合う。


「なんて言うわけねぇだろ。俺もスズも無条件で生き返らせろ。そもそもテメーのせいで死んでんだよ。」

「…ではこうしよう。今から殺し合って、小僧が勝ったら無条件で、俺が勝ったら俺の縛りで生き返る。」

「! ちょっと待って!それは「いいぜ。ボコボコに…」


スズが止める間もなく、虎杖は承諾の返事をしてしまう。

結果、彼は自分の言葉を言い終わる前に、生得領域から消えた。

それはつまり…宿儺の条件で縛りが成立してしまったことを意味していた。


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虎杖がいなくなり、生得領域にはスズと宿儺だけが残されていた。

そして今はといえば…

やっとスズと2人きりになれた宿儺が、今までの鬱憤を晴らすかのように、座ったまま彼女に抱きついていた。


「…宿儺。」

「ん?」

「あの…そろそろ離して欲しいんだけど…」

「そんなに俺といるのが嫌か?」

「い、嫌とかじゃなくて…その、恥ずかしいから…」

「ふっ…確かに顔が赤いな。」


宿儺が頬を優しく撫でれば、さらに赤くなった顔を隠すように下を向くスズ。

相変わらずの初々しい言動や表情を見て上機嫌になった王は、"もっとよく顔を見せろ"と言いながら、彼女の反応を楽しんでいた。

このままでは自分の心臓が持たないと感じたスズは、何とか意識を逸らそうと必死に他の話題を探した。


「……そ、そういえば!殴られたとこ…大丈夫なの…?」

「俺のケガが気になるのか?」

「! 別に、そういうわけじゃない…けど…」

「治せ。」

「何で私が…!自分で治した方が早いでしょ?」

「…スズの力がいい。」

「ちょ、近い…!わ、分かったから!離れて…!」


鼻先が触れそうなぐらいの距離で言葉をかけてくる宿儺に、スズは慌てて顔を隠しながら彼をけん制する。

だがそんな彼女の行動は、宿儺にとっては愛しいものでしかなく、王の機嫌は良くなるばかりだった。

一方で恥ずかしさMAXなスズは、ドキドキしながら右手を宿儺の左頬にかざして力を込めた。

彼女の治癒の力を感じた宿儺は、自分の手をスズの右手に重ねて頬に押し当てると、満足そうに目を閉じる。


「…やはりオマエの力は気持ちがいいな。」

「(! こんな顔するんだ…)」


さっきまでの悪い顔が嘘のような穏やかな表情に、スズは相手が呪いの王であることを一瞬忘れ、思わず見惚れていた。

それに気づいているのかいないのか…宿儺は不意に目を開けてニヤリとスズに笑いかける。


「俺に惚れたか?」

「! ほ、惚れてません!!ほら、もう治ったから…!」

「……スズ。」

「ん?」

「俺が呼んだら生得領域に来い。」

「へ?何、急に。」

「代わりに…オマエの呼びかけに応じ、オマエを守るためだけに力を貸そう。」

「なんかそれって…」

「お互いに利点しかない、いい縛りだろ?」


自分の顔を覗き込みながらそう言う宿儺の視線を避けながら、スズは頭をフル回転させる。

今目の前に提示されている"縛り"が自分にとって、悠仁にとって、そして呪術界にとってプラスになるのかと…

基本的には、宿儺の言う通りWIN-WINの縛りだ。

それをより良くするため、スズはもう少し条件を提示する。


「…私を守ってくれてる間は、"私にとっての敵"だけを倒して。」

「味方や非術師には手を出すなということか…いいだろう。」

「あと…私が声をかけたら、すぐに悠仁と代わること。」

「小僧の名前が出るのは不愉快だが…まぁいい。」

「それなら…縛りを受ける。でもさ…私がこれだけいろいろ条件出してるのに、宿儺はあれだけでいいの?」

「あれ"だけ"じゃない、あれ"が"いいんだ。」

「…なんか甘すぎじゃない?」

「ふっ…男を知らないオマエに教えといてやる。」

「?」

「男というのは、惚れた女には甘くなるものだ。」

「ま、また…!そういうこと…!」


宿儺から出る直球の言葉に、スズはまた王好みの反応を見せる。

それを満足そうに見つめてから、一度ギュっと抱きしめると、"またな"と言いながら宿儺は彼女の頭をポンと叩いた。

そうして、虎杖に続いてスズもまた宿儺の生得領域から姿を消したのだった…



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