月日は流れ、スズが中3になる年の2月頃。

あと数ヶ月もすれば、高専に新たな1年生が入ってきて、五条がその生徒達の担任として動き始める…そんな時期だ。

部屋のミニこたつに入りながら、伊地知に出された宿題をせっせとこなしているスズ。

時々眠気と戦いながらも、真面目に取り組むその姿勢は、五条家での居候生活が3年目に入った今も変わっていない。

そんな彼女の携帯が不意に音を立てる。

パッと画面を見れば、五条からのLINE電話だった。


「先生?なんで電話?」

『そっち行く時間も惜しいの。オマエ、今何してる?』

「伊地知さんからの宿題してますけど…」

『伊地知のか…じゃあ俺の権限でそれは後回しにしていいことにするから、すぐこっち来て仕事手伝って。』

「えっ、あの、それ伊地知さんに聞いてからの方が…って、切れてる。」


相変わらず強引な五条だが、それにもすっかり慣れてしまったスズは、書類作成用のノートパソコンを片手に部屋を出た。

"コンッココン"という独特のノックをすれば、外にいる人物の名前も聞かず"入ってきていいよ〜"の声。

扉を開けて中を覗くと、長時間座っても疲れないイスに座り、パソコンに向かっている仕事モードの五条がいた。


「先生…?」

「スズ〜待ってた〜」

「…そんなに締切ヤバいんですか?」

「うん、明日。」

「明日!?もっと早く応援要請出してくださいよ!」

「だって忘れてたんだもん!」

「そんな可愛い顔しても駄目です!成人男性は"だもん!"では許されません!」

「でも"可愛い"とは言ってくれるんだ。」

「あ…ま、間違えただけです!早く仕事内容教えてください!」

「へいへい。じゃあここ来て。」


そう言うと、五条はパソコンの前にスズを膝立ちにさせた。

そして自分はイスに座ったまま、彼女を後ろから挟むようにパソコンに向かう。

これから2人が行う仕事は、2枚組の書類作成である。

まず五条が1枚目にあたる、新1年生用の授業要綱や予算関係の話など、教師としてまとめなければならない内容を書いていく。

そしてそれをスズにバトンパスし、彼女がフォーマットに従って要点をまとめ、1つの書類が完成するというわけだ。


「…って感じ。いけそう?」

「フォーマットありますし、何とかなると思います!」

「さすが俺の妹!欲しいもんと食べたいもん考えとけな。」

「えっ!どっちもいいんですか!?」

「いいよ〜」


五条の言葉で一気にやる気MAXになったスズは、テンションも高く作業場所に移動する。

と言っても彼女が作業するのは、五条の仕事用デスクの隣にあるちゃぶ台のようなところだ。

多少不満はあるものの、ご褒美の大きさ故、スズは大人しくノートパソコンを開く。

パソコンが立ち上がるまでの間、不意に隣へ目を向けると、見慣れないものをつけている兄の姿があった。


「…先生、目悪くなったの?」

「ん?あ、これ?ブルーライトカットのやつだよ。ずっとパソコン見てると、目痛ぇからさ。」

「ふーん。」

「…なんだよ、ジッと見て。そんなにカッコいい?」

「…言いたくないです。」

「言えよ。素直なのが一番だぞ?」

「嫌です!」

「ふっ。オマエ、分かりやすっ。」


"カッコいい"と思っているのが分かりやすく顔に出ているのに、何故かそれを隠そうとするスズ。

そんな彼女を面白がっている五条は、仕事の締切が明日に迫っているとは思えない程、リラックスした表情になっていた。


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数時間後…

お互い集中して仕事に取り組んだ結果、明日の締切に向けてだいぶ光が見えてきた。

だがここで、書類の内容的に考えることが多くなり、五条の作成が遅れ始める。

そうなると彼の書類を元に作っているスズは必然的に暇になり、ついにはゴロンと床に寝転がってしまった。

その体勢で目を動かしていた彼女は、ベッドの下にポツンと置かれた大きめの箱を発見した。


「あ、先生エロ本隠してる〜」

「隠してねーよ。そんな欲求不満じゃねえっつの。」

「え〜だってベッドの下に怪しい箱あるよ?」

「! …開けていいよ。」

「えっ、いいんですか?」

「うん。」


ワクワクなスズとは対照的に、五条の顔はどこか悲しくツラそうで…でも何かに期待しているような…そんな複雑な表情だった。

五条の様子に気づいていないスズが勢いよく箱を開けると、そこには彼の高専時代を物語る品々が詰められていた。

学科のテストや成績表、写真や報告書に制服まで、ありとあらゆるものが入っている。

その1つ1つにキャッキャと反応しながら、箱の中身を取り出していくスズ。

そうして最後に取り出したのは、束になっているたくさんの写真であった。


「先生の制服姿だ!いいですね〜カッコイイ!」

「当たり前だろ。」

「ふふっ。あっ!先生の同期って男2:女2だったんですね。私も高専入ったら、この比率がいいな〜!」


1年後、自分の同期がこの時望んだ比率になるとは知らず、スズは次々と写真をめくっていき、いよいよ最後の1枚に…

ラストは五条と同期のツーショット写真だった。


「この男の人とよく写真撮ってますけど、仲良かったんですか?」

「ん?あー…うん。俺の唯一の親友。」

「へー!この方も強そうです…!」

「強いよ。俺と同じ特級だからね。」

「えっ!じゃあこの写真ヤバいじゃないですか!」

「ヤバい?」

「ヤバいですよ!だって特級コンビなんでしょ?なんかこのツーショット見てると、"俺達最強!"みたいな声が聞こえてきそうですもん!」

「!」

「すごく素敵な写真です!」


無邪気な笑顔で五条の青春をピンポイントに言い当てたスズは、そう言ってツーショット写真を彼の前にズイっと差し出した。

親友の現在いまを思えば、五条にとっては決して楽しいことだけではなかった高専時代。

だがそれも明るく真っ直ぐな教え子にかかれば、すべてがいい思い出だったのでは…という気になってくる。

スズから発せられるプラスの力が、自分にとってどれだけ必要かということを改めて感じながら、五条は目の前に差し出されている写真を受け取った。


「…ちょっと休憩〜」

「うわっと…!先生、どしたの?」


写真を少し眺めてからメガネを外すと、五条は軽く伸びをしつつイスから立ち上がる。

そして床に座っているスズの背後に回ると、疲れた心身を預けるようにギュッと抱きついた。


「…俺、スズに高専時代の話ってしたことあったっけ?」

「そういえば、あんまり聞いたことないですね。」

「じゃあ…少し昔話しよっか。」

「えっ!聞かせてくれるんですか?」

「うん。スズには…いろいろ知っててもらいたいし。」


そう言うと、五条は自身の思い出を振り返るようにゆっくりと語り始めた。

家入を含めた同期との日常。

星漿体である天内理子の護衛任務と彼女の死、そして五条自身の覚醒。

突然訪れた同期との悲しい別れに、親友の闇堕ち。

時に感情的に、時に優しく相槌を打つスズの聞き方のお陰か、五条はとても穏やかな気持ちで話をしていく。

そうして最後に彼はこう言って、話を締めくくった。


「…なんかね、1人で強くなっても駄目なんだって。」

「……私が一緒に強くなります!」

「!」

「…また先生が"俺達"って言えるように、少しでも早く追いつきますから!」

「それ…俺の夢なんだけど、一緒に追いかけてくれる?」

「もちろん!私もっと頑張りますよー!」

「スズ…」

「ん?」

「…ありがとな。」


低く穏やかな声でそう言うと、五条はスズの腰へ回していた腕にさらに力を込めるのだった。



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