-side 五条-
用事があると地下室を出てから10分…
俺は今、地下室から少し離れたところにある縁側みたいな場所に座り込んでいる。
次の用事まではまだ時間があったし、今さっき見た光景が頭から離れなくてイライラするしで、とてもそのまま向かう気になれなかったからだ。
でも部屋を出る直前に見た光景は、人の神経を逆撫でするような、そんな刺激的なものじゃない。
ただスズがいつも通り穏やかな顔で悠仁の傷の手当てをしてて…
その手当てを悠仁が気持ち良さそうに受けながら、笑顔で会話をしてる…ただそれだけ。
それだけなのに、さっきからイライラとモヤモヤが収まらない。
目隠しを取って俯くように下を向いてると、不意に硝子の言葉が頭に浮かんできた。
"いい加減自分の気持ちに気づいた方がいい"
"いつまでも妹だと思って接してたら後悔する"
確かこんなことを言われたはずだ。
あの時は全然ピンと来なかったし、何の感情も湧いて来なかった…けど、今は違う。
自分が何に気づくべきか、スズにどう接するべきか…
そんなことを考えてたせいか、俺は近づいてくる足音に全く気がつかなかった。
「先生、起きて…って、寝てない!」
「! スズ…」
「いや、部屋帰ろうと思ったら先生が座ってるの見えて…用事あるって言ってたし、寝てたらマズイなと思って…!」
そう言ったスズは、俺が知ってるいつも通りの笑顔をこっちに向ける。
かと思えば、すぐにその顔が心配そうな表情に変わって、俺の体調と寝不足を心配する言葉が次々に出てくる。
いつもは当たり前のように聞いてたその言葉が、今日は無性に嬉しくて…
返事をする代わりに、俺は目の前に立ってるスズの手首を掴んでた。
「! 先生…?」
「…行きたくない。」
「…あ、この後の用事のことですか?」
「そう。」
「ふふっ。その感じだと、ただの呪霊退治じゃなさそうですね。」
「…学長と飯。」
「あ〜先生が一番苦手なタイプのやつだ。」
「うん。だからついてきて。」
「また〜伊地知さん困っちゃうから、そういうこと言わないの。」
「伊地知のことはどーでもいい。俺はスズについてきて欲しいって言ってんの!じゃなきゃ行かねー。」
スズがどんな顔してるか見れなくて俯いたままそう言うと、俺は目の前にいる奴の手を握り続けてた。
自分でもガキっぽいって思うけど、さっきの悠仁といる姿を見たせいか、どうにも抑えらんなかったんだ。
きっといつもみたいにド正論で説得してくるだろうな…とか思いながら言葉を待っていれば、俺の斜め上をいくような返事が聞こえてきた。
「…移動は車ですか?」
「? …うん、そうだけど。」
「じゃあ、車に乗せてもらえるように伊地知さんにお願いしてみます!」
「!」
「さすがに食事中は一緒にいれないですけど、せめて移動中だけでも先生のストレス発散に付き合います!だからもうひと踏ん張りしましょ、悟くん!」
冗談っぽくそう言ったスズは目線を合わせるようにしゃがむと、掴まれてない方の手を俺の頭にポンポンと優しく乗せた。
身長的にも、立場的にも、普段は絶対有り得ないこと。
てか今までの人生を振り返っても、こんなことされたのは初めてで…
だからその破壊力のヤバさに、柄にもなく心臓の辺りがキュッってなった。
んで気づいたら、掴んでた手を引いてスズのことを抱きしめてたんだ。
俺の雰囲気がいつもと違うからかアタフタしてるスズの肩に顔を埋めながら、俺は今の自分の気持ちを伝えた。
「せ、先生!?ど、どしたの?」
「…俺さ、スズの前で一人称変わるだろ?」
「えっ、あ、はい。」
「疲れたとか、しんどいとかもよく言ってるし…なんかオマエといると甘えたくなるし…」
「うん、時々子供みたいな時ありますもんね。」
「うるせっ。…あと俺酒弱いから、酔っ払って膝で寝たこともあっただろ?」
「ふふっ。確かにありました。」
「…それ全部スズの前でしかできねーし、やりたくねーんだよ。」
「えっ。そう…なんですか?」
「そうなの。で、それが何でなのかって考えてて…今日分かった。」
「今日?」
「うん。……俺、スズが好き。」
目を合わせて頬に手を添えながらそう言えば、スズは今まで見たどの顔よりも驚いてて、"へ?"って言ったきり口が開きっぱなしだった。
そんなマヌケ顔ですら自分にだけ向けて欲しいって思う俺は、相当コイツに惚れてるんだと思う。
もっといろいろ言ってからかいたいけど、まずはスズの気持ちを落ち着かせてやんないとだよな。
そう思って、俺はもう一度スズを抱き寄せた。
「悪い。驚かせたよな。」
「は、はい。先生、妹みたいって…言って、たから。」
「うん、俺もそう思ってた……ついさっきまでは。」
「さっき…」
「さっき悠仁とスズが喋ってんの見て…兄貴としては、妹の充実した学校生活を喜んでやるべきだったんだけど…
なんかイライラするし、オマエを取られた感じがして……とにかくすげー嫌だったの。」
「先生…」
「あーでも安心しろ。別にすぐ返事が欲しくて言ったわけじゃねーから。」
「え…?」
「スズ今、俺のこと兄貴だと思ってるだろ?」
「はい。」
「だから返事云々より、俺を男として意識してもらいたくて言った。」
"要は…俺を見てドキドキしてってこと。"
いまいちピンと来てない教え子に視線を合わせて、両手で頬に触れながらそう言えば、スズは早速いい反応を見せる。
目がキョロキョロと落ち着かないし、顔は少しずつ赤くなって、それと同時に頬に触れている俺の手もじんわり温かくなってきた。
今まではどんだけ抱きついても何も反応しなかったスズが、たった一言伝えるだけでこんなに変わるなんてな…
これだけ長く一緒にいてもまだ知らなかった顔を見れたことで、俺は口元が緩むのを抑えられなかった。
だからその顔をもっと見たくて、ついからかう言葉が出てくる。
「…今、ドキドキしてる?」
「し、してません…!」
「へー…こんなに顔赤いのに?」
「うわっ…!見ないでくださいよ!」
「やだ。俺のこと意識してる顔…もっと見たい。」
「! …先生、イケメン過ぎてズルい。」
「知ってる〜」
ニヤニヤしながら顔を覗き込めば、スズは赤くなりながらも、いつも通りの笑顔を俺に向けた。
本当はこのまま部屋行って、何をするでもなくスズとのんびりしたいとこだけど、時間的にそろそろ動かなきゃいけない。
でも動き出す前に、スズにもう一押ししとくか…
「スズ。」
「ん?」
「…さっき"すぐには返事いらない"とか言ったけどさ、俺いい方の返事しか受け取る気ねーから。」
「!」
「そのための努力は惜しむつもりないんで、オマエも心臓鍛えとくよーに。」
「えっ!?ちょ、それ、ど、どういうこと…ですか!?」
急に立ち上がって歩き出した俺を追いかけようとしたものの、腰が抜けて立てないのかペタッと座り込むスズ。
そんな姿にまた笑いが出そうになるのを堪えながら、俺はスズの前に戻ってヤンキー座り状態で話しかける。
「俺さ…こんなに自分から落としたいと思った女、スズが初めてなんだよね。」
「へっ!?」
「だからオマエに対して手加減とかできねーと思うわけ。」
「!」
「大人の男が本気出したらどうなるか教えてやるから…覚悟しとけよ?」
「痛っ!いでで…!」
「ふっ。ほら、行くぞ。」
今まで以上にアワアワしてるスズの鼻をギュっとつまめば、いつもみたいに大げさに痛がって赤くなった鼻をおさえる。
そして少し涙目になっている教え子の手を握ると、俺は足取りも軽く伊地知が待つ車へと向かった。
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