翌朝。

今日も今日とて任務が入っているスズは、朝も早くに起床する。

目覚まし代わりに使っているスマホを見れば、夜遅くに虎杖からLINEが入っていた。


"起きたら連絡ちょーだい!今の任務のこと、スズに聞いて欲しい!"


昨日の夜は作戦会議やら報告書作成やらで忙しく、高専に戻ってからもなかなか会うタイミングがなかった2人。

スズにすっかり懐いている虎杖としては、改造された人間と戦ったことについて聞いてもらいたくて仕方なかったのだ。

彼女自身も虎杖のフォローをお願いされていたし、何より初任務の様子が気になっていたので、スズはすぐに返事を打ち始める。


"おはよ〜今起きたからいつでも連絡ちょーだい!"


30分後、スズのメッセージに"既読"がついた。





第21話 幼魚と逆罰 ー参ー





「悠仁〜来たよ〜!」

「ごめん、今手離せないから入って来てー!」


"既読"がついた直後にかかってきた電話で、連絡を取り合ったスズと虎杖。

お互い朝食がまだということもあり、一緒にご飯を食べながら話そうと約束を交わした。


"じゃあ俺が朝飯作るよ!"

"マジ!?やった!じゃあもう少ししたらそっち行くね!"

"うん、待ってんね!"


そして冒頭に至る。

虎杖が生活をしている地下室に入れば、部屋は朝食のいい匂いで満ちていた。

備え付けのミニキッチンでは、エプロン姿の虎杖が忙しそうにフライパンを振るっている。


「悠仁、おはよ!」

「おはよ!朝飯もうすぐできるから、ちょっと待ってて!」

「はーい!ってか、めちゃめちゃいい匂いだね。」

「でしょ?オムレツにしたんだけどさ、今日はスズ来るからバター多めにしたんだ〜」

「マジか!楽しみ〜!」

「ははっ!あ、そうだ。スズ〜悪いんだけど、そこに置いてあるコーンスープ作っといてくんない?」

「はいよ〜!」


笑顔でスズに指示を出しつつ、虎杖は器用にオムレツの形を整えた。

それから付け合わせのソーセージとオリジナルのドレッシングをかけたサラダ、それにバターロールを乗せた2人分のプレートを運んでくる。

インスタントのコーンスープにお湯を注いでいたスズにお礼を言いながら腰を下ろせば、いよいよ2人での朝食タイムがスタートする。


「はぁ〜いい匂い。いただきます!」

「いただきま〜す。……どう?」

「超美味い!悠仁、天才!」

「良かった〜!本当はスープも作りたかったんだけどさ、さすがに時間なかった…」

「これだけ準備してくれたら十分だよ。朝から本当ありがと!」

「ううん。俺の方こそ、時間作ってくれてありがとな。」

「何言ってんの。私で良ければいくらでも話聞くから、いつでも言って?…昨日、何かあったの?」

「うん。実はさ…」


手に持っていたバターロールをプレートに戻しながら、虎杖はゆっくりと昨日の出来事を話し始める。

映画館の残穢を追った先で、2体の呪霊に出くわしたこと。

その呪霊が改造された人間であったこと。

どんな術式かは分からないが、あまりに趣味が悪すぎて憤りを覚えたこと…

静かに相槌を打ちながら聞いていたスズだったが、やはり人間が呪霊のように改造されていたことにはショックを隠し切れないようだった。


「そんな術式聞いたことない…けど、3本の指に入るぐらい最低の術式だね。」

「だよな…早く犯人見つけねーと、また同じような被害が出ちまう。」

「今日はこの後調査とか行くの?」

「うん。七海先生と合流するから、その時に何かしら動きがあると思う。」

「そっか。(七海先生のことだから、もうある程度は調べがついてるんだろうな…)」

「スズ?大丈夫か?」

「あ、うん。大丈夫!……でも良かった。」

「ん?何が?」

「…悠仁がこういうことに本気で怒れる人で。」

「!」


スズからの思わぬ言葉に、驚きの表情を見せる虎杖。

そんな彼に少し笑みを向けながら、スズは自分の発言についてもう少し説明を加える。

この特殊な世界では、虎杖のような普通の感覚がとても大事なのだと…


「呪術師ってすごく特殊な職業でしょ?吐き気がするような現場も少なくないし、精神的に責めてくるタイプの呪霊もいる。

 そんな中で仕事してるとさ、やっぱりおかしくなっちゃう術師の人も多いの。闇に染まる、っていうのかな…普通の感覚が分かんなくなっちゃうんだよね。」

「普通の感覚…」

「そう。人が死んだら悲しい、その実行犯は酷い、そもそもそんなことするなんてあり得ない…そういう当たり前の感情が大切だと思うんだ。

 だから悠仁の想いを聞いて私はすごく安心したし、そういう人が同期にいてくれて良かったって思う。」

「スズ…!」

「この先も同じようにツラいことが起こると思う…でもどれだけツラくても、悠仁には今のまま変わらないで欲しい。」

「…俺、スズがいれば変わらないでいられる自信ある。」


虎杖の不意の言葉に、今度はスズが驚く番だった。

"私?"と目を見開くスズに、虎杖は明るい笑顔を見せる。


「今まで普通の生活してた俺にとって、ガッツリ関わった呪術師ってスズが初めてなんだよ。」

「そう…なるのか。」

「うん。だからなのか分かんないけど…何かいつの間にか、俺の中でスズの考え方とか戦い方が基準になってんだ。」

「そっか…!何か恥ずかしいな。」

「あははっ!だからスズがいる限り、俺は絶対ブレない!てことで、これからも見守ってて。」

「! しょうがないな〜」


真っ直ぐスズの目を見ながら笑顔で話す虎杖に、彼女もまた笑顔を返す。

そしてキラキラした目を向けてくる虎杖の頭を、スズはワシャワシャと撫でるのだった。

突然のスキンシップに、虎杖はくすぐったそうに表情を緩める。


「わっ!急にどしたの?」

「何か悠仁ってワンコみたいで、頭撫でたくなるんだよね。」

「え〜初めて言われたけど。どの辺が?」

「明るくて元気で優しくて、素直で人懐っこいとこ!」

「めちゃくちゃ褒めてくれんじゃん。ん〜…俺、もし飼われるならスズがいいな〜」

「えっ!?ちょ、悠仁、何言ってんの!」

「あれ?俺そんな変なこと言った?」

「言ったよ!あのね悠仁、それ年上のキレイな女の人とかに言っちゃダメだからね!本当に飼われて…い、いろんなことされちゃうから…!」

「いろんなこと…って、ヤバい系のやつ?」

「そ、そう!…自分で自分のことどう思ってるか分かんないけど、悠仁はカッコイイんだから。ちゃんと自分の身を守るように!」

「わ、分かった…!」


普段言われ慣れてないことを次々に言われ、段々と照れ臭くなる虎杖。

その様子に気づかず、ひたすらに彼のカッコ良さを説いているスズの話は止まることを知らなかった。

そうして2人の賑やかな朝食タイムは過ぎていくのだった。



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