高専に戻るとすぐに、スズは七海に対して本格的な治療を開始する。

車内での応急処置のお陰か、治療は30分もかからず無事に終了した。

だが念のため今日は医務室に入院することになった七海。

ベッドに横たわった彼を心配そうに見つめながら、スズは静かに声をかけた。


「七海先生、ケガどうですか?大丈夫?」

「えぇ。スズのお陰でもうすっかり良くなりました。ありがとうございます。」

「いえ、そんな全然…!」

「もう本当に大丈夫ですから、そんな不安そうな顔しないでください。」

「はい…」

「…私は、君の笑った顔が好きですよ。」

「えっ…!」


あまりに突然で意外な言葉に、スズは俯いていた顔をガバッと上げる。

そうして見えたのは、こちらに穏やかな笑みを向けている七海だった。


「スズの笑顔には、人を安心させる力があると思います。私自身、君といるときは心が穏やかですから。」

「そう、なんですか…?」

「はい。だから治療の意味も含めて、笑った顔を見せてくれませんか?」


七海がそう言って頭を優しく撫でると、スズは照れくさそうな笑顔を見せた。

"なんか変な笑顔になったかも"と心配するスズに、からかい前提で七海は"大丈夫、いつも通りの顔でしたよ"と返す。

それに対し、スズは期待した通りの反応を示すのだった。


「ちょっと!それだとなんかいつも変な顔してるみたいじゃないですか!」

「そうは言ってません。」

「え〜本当ですか〜?」

「本当です。…ほら、スズも疲れてるんですからそろそろ部屋に戻ってください。」

「…しんどくなったら必ず連絡してくださいね!」

「分かりました。」


医務室を出ていく最後の最後まで、スズはチラチラと七海の方を伺う。

そんな彼女の姿を微笑ましく思いながら、七海は長かった1日の疲れを癒すように眠りに落ちて行った。


------
----
--


医務室を出て高専内を歩いていると、地下室の近くにある縁側のような場所にスズは見知った顔を見つけた。

以前同じ場所で五条から告白されたことを思い出し、サッと顔に赤みが差す彼女だったが、すぐに気持ちを落ち着かせその人物に声をかける。


「悠仁?」

「! スズ!…ナナミンの具合どう?」

「傷はちゃんと治したから大丈夫。でも今日は念のため医務室に入院することになった。」

「良かった〜」

「それが気になってここにいたの?」

「うん。ここにいればスズに会えるかな〜と思って。」

「そっか!でも悠仁も1日動いて疲れてるんだから早めに休みなよ?」

「おう。あ、あのさスズ…!」

「ん?」

「…ちょっとだけ時間くんねーかな。気になることあって…」


少し表情を曇らせた同期からの申し出を快諾したスズは、虎杖の隣に座り彼の話に耳を傾けた。

どうやら話は、吉野宅で夕飯をご馳走になった時のことのようで…

その際吉野から、"人を殺したことがあるか?" "もしそういう場面になったらどうするか?"と聞かれたのだそう。


「…俺はそれでも殺したくないって答えた。一度でも人を殺したら、命の価値が曖昧になりそうで怖かったから…」

「うん。」

「で、その時…スズなら何て答えるんだろうって思ったんだ。」

「私?」

「うん。仙台の斎場でスズ言ってただろ?"2・3日立ち直れないようなことがあった"って。

 それってもしかしたら…そういう場面のことだったんじゃないかって思ったから。」


"あ、急にごめん!話したくないことだったらいいから!"

黙り込んでしまった自分に気づいて慌ててそう言う虎杖に、スズは優しい笑みを見せながら言葉を紡いだ。


「大丈夫。いつか悠仁に話さなきゃいけないかなって思ってたから。」

「そうなの?」

「うん。まずそもそもの話、私は人を殺したことがある。だから順平が言う"そういう場面"が来たら、私は迷わず目の前の人を殺すよ。」

「!」

「…でも相手を手にかける時の想いは、今悠仁が想像してるのとは少し違うかもしれない。」

「"想い"…?」


虎杖の呟きに軽く頷くと、スズは自分の生業である陰陽師について話し始めた。

呪霊を相手にする呪術師とは違い、陰陽師の相手は基本人間である。

強い呪いや霊が取り憑いて除霊できないと判断した場合、そのまま相手を殺さなければならないことがあるのだ。

スズの両親は今まで何度となくそういった場面に出くわし、彼女もまた陰陽師はそういう職業だと教え込まれてきた。

そしてついにスズ自身にも、両親と同じ対応を迫られる依頼が来たのだった…


「…その日が、私が初めて人を殺した日になったんだ。除霊中はもちろん、終わってからも涙と震えが止まらなくてさ…しんどかった。」

「そんなの…しんどいに決まってるよ。」

「うん…でもその時にね、両親がアドバイスをくれたの。」

「アドバイス…?」

「そう。相手を"殺す"んじゃなくて、"浄化する"っていう気持ちでやりなさいって。

 呪いや霊に殺されると魂は苦しみながら死んでいくけど、陰陽師や呪術師の力を使えば穏やかな状態で死を迎えられるから…って。

 それを聞いてから、私は少し気持ちが楽になったんだ。」


"まぁ未だにしんどいのはしんどいけどね。"

ツラそうに微笑みながらそう言うスズに、虎杖も悲しげな表情を向ける。

そんな優しい彼に、スズはこの世界の先輩としてアドバイスを送った。


「呪術師をやってれば、いつか必ず悠仁にもそういう経験をする時が来る。」

「うん…」

「悠仁は優しいから、きっと苦しむと思うんだ……その時に、少しでも今の話を思い出してくれたらいいなって思う。」

「スズ…」

「私は悠仁より少しだけ経験があるからさ、もしかしたら何か良さげなことが言えるかもしれない。

 だから思い悩んだら、1人で抱え込まないで話して欲しい。いくらでも相談に乗るからさ!」

「……俺、今までもすげースズに頼ってるし、助けてもらってばっかなのに…まだそんなこと言ってくれんの?」

「当たり前じゃん!悠仁はこの世界ではまだまだ新人さんなんだよ?むしろもっと頼ってくれていい。…もう少し先輩っぽくさせてよね。」

「! うん…!ありがと、スズ先輩。」


そう言って笑顔を向け合った2人は、それぞれの部屋へと戻って行くのだった。



- 101 -

*前次#


ページ:

第0章 目次へ

第1章 目次へ

第2章 目次へ

第3章 目次へ

第4章 目次へ

第5章 目次へ

第6章 目次へ

章選択画面へ

home