高専の敷地内にある遺体安置所…そこには今回の件で亡くなった人達の遺体が並んでいた。

そしてそこにはまだ頬にケガの余韻が残る虎杖と、彼を心配した七海の姿もあった。


「安静にしてろと言われたでしょう、虎杖君。」

「説教?」

「命を助けてもらった相手に、説教もクソもないでしょう。」

「…俺が?」

ツギハギの術式は他人の魂に干渉する。君がスズと一緒に領域に侵入したことで、宿儺の逆鱗たましいに触れてしまったのでしょう。おかげで助かりました。」

「でも俺代わってねぇよ。」

「宿儺が出たのではなく、奴が入ったんです。」

「じゃあ助けたのは俺じゃない。コイツの気まぐれだ。…ナナミン、俺は今日人を殺したよ。

 人は死ぬ。それは仕方ない。ならせめて正しく死んでほしい…そう思ってたんだ。

 だから引金を引かせないことばかり考えてた。でも自分で引金を引いて分かんなくなったんだ。正しい死って何?」

「そんなこと私にだって分かりませんよ。善人が安らかに、悪人が罰を受け死ぬことが正しいとしても、世の中の多くの人は善人でも悪人でもない。

 死は万人の終着ですが、同じ死は存在しない。それらを全て正しく導くというのはきっと苦しい。私はおすすめしません。などと言っても君はやるのでしょうね。」

「…」

「死なない程度にして下さいよ。今日君がいなければ私が死んでいたように、君を必要とする人がこれから大勢現れる。虎杖君はもう…呪術師なんですから。」


静かにそう言って、七海はその場を後にした。


それから少しして虎杖が安置所から出てくると、目の前に小さな花束を抱えたスズの姿があった。

一瞬驚いた顔をしたスズだったが、彼の姿を確認するとすぐに穏やかな表情になる。


「悠仁…来てたんだ。」

「うん。スズも?」

「ちゃんと手合わせたいなって…思って。」

「そっか……スズ、この後少し時間ある?」

「もちろん。ちょっとだけ待っててくれる?」

「うん、ここで待ってる。」


安置所の出入口の横に座り込んだ虎杖は、そう言ってスズの帰りを静かに待つのだった。


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10分後…

スズが安置所を出てくると、虎杖はパッと顔を上げた。

そんな彼と目線を合わせるようにしゃがむと、スズは落ち着いた優しい声で話しかける。


「お待たせ。部屋戻る?」

「うん。」


歩き始めた2人は、しばらく会話をすることもなく静かに夜道を進む。

聞こえてくるのは虫の声だけという静寂の中で、不意に虎杖が言葉を発した。


「…俺、今日人を殺したよ。」

「うん …七海先生から少し聞いた。」

「そっか…俺、改造された人を前にしたとき手が出せなくてさ……でもそん時、スズの言葉を思い出したんだ。」

「! そうだったんだ…」

「うん。そしたら少し前向きになれて…何とか切り抜けられた。ありがとな。」


少し笑顔を見せた虎杖に、スズもまた笑みを返す。

そうして歩いている内に、2人は虎杖が寝起きしている地下室に到着した。

"お茶入れるね"と言って台所に向かった虎杖にお礼を述べると、スズはソファに腰を下ろす。

そして紅茶の入ったマグカップを持って戻ってきた虎杖は、彼女の隣に座るとフーっと息を吐いた。


「紅茶ありがとう。」

「うん。」

「傷の方はどう?まだ痛む…よね。」

「んーまぁ時々痛いけど、でもスズのお陰でもうほぼ大丈夫。」

「良かった。じゃあ最後にもう少しだけ呪力当てとこっか。」

「うん……くっついてていい?」

「もちろん。楽にしてて。」


その言葉を受け、虎杖はスズの肩に頭を乗せた。

領域の力とスズが傍にいることの安心感から、そっと目を閉じる虎杖。

さっき夜道を歩いていた時のように、どちらも何も喋らない静かな時間が流れる…

今回もまた、静寂を破ったのは虎杖だった。


「スズ…」

「ん〜?」

「…俺、強くなる。」

「! …うん。」

「アイツを殺すまで…もう負けたくないんだ。」


両手を強く握りながらそう呟いた虎杖の手に、スズはそっと自身の手を乗せる。

突然感じた体温に反応した虎杖がスズの方を見れば、彼女はいつもの穏やかな顔をこちらに向けていた。


「大丈夫、悠仁は強くなれるよ。」

「そう、思う…?」

「思う。だって悠仁はあの悟先生と、何より私が見出した人なんだから。強くならないわけないじゃん!」

「スズ…!」

「前にも言ったけど、悠仁は1人じゃない。何かあった時、必ず傍にいるから。だから…一緒に頑張ろ。」

「おう…!」


明るい笑顔と共に届いたスズの言葉に、虎杖は自分の手に乗っている彼女の手を握りながら元気よくそう返した。

自分が言ってもらいたい言葉、して欲しい行動、見せて欲しい表情を惜しみなく与えてくれるスズという少女。

今はまだ守られて、助けられて、支えられてばかりだけど…

いつか逆の立場になった時、自分の力でちゃんと彼女を守れるように…

そんなことを思いながら、虎杖はもう一度スズの肩に頭を乗せて目を閉じるのだった。



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