練習試合当日。
誠凛バスケ部の面々は、試合会場である海常高校へと向かっていた。
今はその途中の、電車内。
休日の朝早くということで比較的乗客が少ないため、リコ達は半分に分かれ、向かい合った状態で7人掛けの座席に座っていた。
我らがヒロインであるスズも、黒子と火神の間にちょこんと座っている。
と、不意にスズの向かいに座っているリコが部員に声をかける。
「あ、そうだ。みんなにスズのことでちょっと報告があるの。」
「え、私のこと…?」
さて、リコの報告とは一体…?
第4Q「まともじゃないかもしんないスね」
自分に関する報告ということで少し不安そうな表情のスズ。
そんな彼女を横目に見ながら、日向が部員を代表して疑問を口にした。
「何だよカントク、スズに関する報告って?」
「うん。練習中、スズの声聞くと少し速く走れるようになったり、モチベーションが上がったり…
そういう体験を、ここにいる全員が一度はしたことがあると思うの。」
「あるある!あれ不思議だよな〜」
「ボクもあります。」
「オレも。最初は気のせいかと思ってたけど…」
伊月、黒子、火神が口々にそう言っているのを、リコは満足そうに眺める。
一方のスズはといえば、黒子達の言葉にいまいちピンと来ていないようで、未だに不安そうな顔のままである。
「私も声で人の身体能力が変わるなんて有り得ないと思ってたんだけど、スズの声はそれができるの!」
「「「え?」」」
「ど、どういうことですか?リコ先輩。」
いよいよ戸惑いの表情が隠せなくなってきたスズに微笑みながら、リコは話し始める。
我が部のマネージャーにはすごい力があるということを…!
「私の友達に親が音楽家の子がいてね、その子にスズの声を聞いてもらったの。
そしたらこの子の声には、どうも"倍音"っていうのが含まれてるっぽいのよ。
専門じゃないから私も詳しくは知らないんだけど、それが含まれてる声って、人に癒しとかリラックス効果を与えられるんだって。」
「「「へ〜」」」
「でも"倍音"っていうのは何もスズだけがもってる特殊能力とかではないの。
他にも、"倍音"が含まれてる声を持つ人がいるかもしれない。練習すれば身につけることもできるわ。」
「それが、身体能力とどう関係するんですか?」
「いい質問ね、黒子君。これから話すことはあくまで私の予想、っていうか仮説なんだけど…
友達によると、スズの声って"倍音"の含まれ方が尋常じゃないらしいの。
だから声を聞いた人の心だけじゃなくて、筋肉や細胞にまでその効果が与えられるんじゃないかって思ったわけ。」
「筋肉がリラックスしてるから動きが良くなって、結果としてシュートが入りやすくなったりするってことか。」
「えぇ。」
「じゃあモチベーションが上がるのも、心がリラックスしてるからってこと?」
「そういうこと!」
「てことはスズの声を聞き続けてれば、試合中ずっと心身ともにいい感じで動けんの…?」
そうなればいいな…という期待を込めた伊月の質問に、リコは少し表情を曇らせる。
そして、"それはムリ"と声を落として言うのだった。
「確かにスズの声を聞き続ければ、筋肉はリラックスしたままでいられる。
でもそれは逆に言えば、疲れを感じずにいつまでも動けてしまうっていうことでもある。」
「それの何がいけないんだ…ですか?」
「痛みや疲労感は、体を守るためにあるの。これ以上やったら体がおかしくなるっていうサインなのよ。
それを感じずに動き続ければ、終わったとき体はもう使い物にならなくなってるわ。」
この恐ろしい発言に、部員達は静まりかえる。
自分の声が役に立つと知り喜んでいたスズも、この事実に言葉を失った。
声を聞けば心身ともに最高の状態になれる。
しかし声を聞き続ければ、体はボロボロになる。
諸刃の剣…彼女の声はまさにそれだった。
「…でも、"ここぞ!"っていうときだけ使うなら、私の声は役に立てるん…ですよね?」
「もちろんよ!使い過ぎなければ、こんなに心強いサポートはないわ!
それに加減をすれば、選手のモチベーションだけに影響を与えることもできると思うの。」
「モチベーションだけ?」
「感覚的なものだからスズにしか分かんないと思うんだけど、例えば強く叫ぶと筋肉まで届いて、少し抑えればモチベーションにだけ効果が出る…とかね!」
「なるほど……分かりました。その感覚は、声を出すときに意識して探ってみます!」
「うん、お願いね!みんなも、スズの声聞いてどうなったかっていうのを、時々教えてあげて?」
「ご協力お願いします!」
「「「了解!」」」
こうしてスズの声の能力が明らかになり、誠凛バスケ部はまた新たな力を手にした。
海常高校の最寄り駅まで、あと5分…!
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