-side 黄瀬-


うちの先輩達と誠凛マネージャーとの会話を思いがけず聞いてしまった後、オレは慌てて水道場まで戻った。

誠凛マネの子はオレを探してるっぽかったし、盗み聞きしてたと思われんのは恥ずかし過ぎる。

でもそんなことより、オレの頭の中はさっきあの子が言ってたことでいっぱいだった。


"黄瀬さんは見た目派手だし、人あたり良過ぎるしで、周りに誤解されやすいんだと思います。"

"でも本当の彼はすごく純粋で、真っ直ぐで、熱くて、でも不器用な…バスケが大好きな普通の高校生なんだって。"

"あの涙のこと笑わないで下さい。"


自分のために、あれだけ言ってくれる人なんて今までいなかった。

あんなにオレのことを真剣に見てくれた人もいなかった。

いつも誤解されたらされっぱなし。別にそれでいいと思ってた。

いちいち訂正する方がバカらしいっしょ?


だけどどこかで、ちゃんと理解して欲しいって思いがあったのかもしれない。

本当のオレはそんなんじゃない!って、否定したかったのかもしれない。

だからあの子の言葉がすごく嬉しくて、不覚にもまた涙が出そうになったんだ。

水道場の近くにある石段に座りながらボケーっとそんなことを考えていると、今さっき聞いたばかりの声がオレに向かって飛んできた。


「あの…!」

「! あ、誠凛の…」

「はい、木下といいます。…えーと、今、ちょっとお時間いいですか?」

「…あー…いいっスよ。」

「ふ〜……黄瀬さん!!」

「は、はい…」

「今まで散々失礼なこと言ったり、酷い態度で接してしまったりしてすみませんでした!

 私、黄瀬さんの表に出てる部分だけで判断して、勝手に誤解してて…

 黄瀬さんのこと何も知らないのに、気に食わないとか、苦手だとか…本当にごめんなさい!!」


そう言って90度に腰を曲げ、ガバッと頭を下げる木下さん。

彼女の真剣な、そして本当に申し訳なさそうな表情に、オレは一瞬面食らう。

この子が自分のことを探してるっていうのは、さっきの会話を聞いてて判断できた。

でもまさか、これほどまでに本気の謝罪をされるとは…


だけど驚きはしたものの、嫌な気持ちは全く起こらなかった。

むしろ木下さんと話せるチャンスだと思うと、顔がニヤけそうになる。

その顔を必死に隠しながら、オレは彼女を自分の座る石段に誘った。

隣をポンポンと叩きながら"少し話さないっスか?"と声をかければ、ちょっと緊張気味に頷いた木下さんはゆっくりとオレの隣に腰を下ろした。


「…今謝ってくれたことに対してっスけど、全然いいっスよ。てか、最初から怒ってないっスから。」

「え、あ、はい…」

「…実はさっき、木下さんとうちの先輩達が話してるの聞いちゃったんス。」

「えっ!?うそ…」

「本当っス。…木下さんの言う通り、オレ何か知らないけどすげー誤解されるんスよ。

 チャラいとか、冷めてるとか、調子乗ってるとか、もういろいろ…

 今まではそうやって誤解されたら、その後はずーっとそのままだったんスよね。

 オレがどんなに言っても、誰も自分の考えを変えようとはしてくれなかったんス…」

「そうだったんですか…」

「うん。…でも木下さんは違った。」

「え?」

「確かに一度は誤解されちゃったけど、でもその後もちゃんとオレを見続けてくれた。

 自分の考えにこだわらないで、常にフラットな状態で見てくれた。

 それで自分の考えが違うかもって思って、今こうやって、すごく真剣に謝ってくれたでしょ?

 オレそれがすげー嬉しかったんス。…あ、謝ってくれたこと自体が嬉しいんじゃないっスよ!?」

「ふふっ。はい、分かってます。」


そう言ってふわっと笑った木下さんにつられて、オレも思わず笑みがこぼれた。



それからどのぐらい無言だったんだろう。

どっちも特に何も喋らなくて、でもそれが心地よくて…

もう少し木下さんに、自分の話を聞いてもらいたくなったんだ。


「もう1つ…話聞いてもらってもいいっスか?」

「あ、はい。」

「…オレ最初のうちは、誤解とか変な噂とか流れたら、その度に全力で否定して回ってたんスよ。

 でも言っても相手は信じてくれないし、むしろ余計話がでかくなって、またそれを否定して…

 何かそれに疲れちゃって…いつからか、否定したり誤解解いたりすんのやめちゃったんス。」

「はい…」

「そしたら今度は、皆がそれぞれに思ってる"黄瀬涼太"で、オレに接してくるようになって…

 って、オレの言いたいこと伝わってる?何か上手く言えないんスけど…」

「大丈夫です。要は…皆の中に、誤解とか噂から生まれた"偽物の黄瀬涼太"ができあがっちゃった…ってことですよね?」

「そうそう!…で、その状態で周りと付き合ってたら、何かどれが本当の自分か分かんなくなってきて…

 今じゃ相手に合わせて、無意識に性格変えてる気がするんスよね。」


そう言って苦笑いしながら隣を見れば、そこには真剣な表情でオレの話を聞いている木下さんがいた。

きっと今、自分の考えをまとめてくれてるんだろうな…

その姿を横目で見ながら、オレは彼女が話し始めるのを待った。


「…どれが本当の自分か分からないなら、今決めちゃえばいいんですよ。」

「へ?決めるって言っても…どうやって?」

「簡単です!1番カッコイイ自分が、本当の自分です。」

「1番カッコイイ…?」

「はい。キセキの世代のときも、モデルのときも、黄瀬さんは黄瀬さんだし、どれもカッコイイと思いますけど…

 私は、今日みたいに全力で試合に臨んで、負けて涙を流す今の黄瀬さんが、1番カッコイイと思います。」

「!」

「負けて涙が自然と出るのは、バスケが大好きな証拠です。

 だから黄瀬さんはまだまだ強くなれるし、もっともっと上に行けます。

 きっともう…自分を見失うことはないですよ!」


元気な笑顔と共に発せられたその言葉は、面白いぐらい胸に響いた。

オレはきっと、一生この言葉を忘れない。

何度も自分の中で噛み締めて、その後でようやく、オレは彼女に笑顔でお礼を言うことができたんだ。


と、その時、突然オレの耳にバイブ音が聞こえてきた。

発生源は木下さんのスマホで…

内容を確認した彼女は、申し訳なさそうな表情でこっちを向いた。


「ごめんなさい!そろそろ私行かないと。」

「先輩っスか?」

「はい。何か"遅い!"って怒られました。」


ささっと返事を打った彼女は慌てた様子で立ち上がり、オレに背を向ける。

それが何か無性に寂しくて、オレは思わず、座ったまま木下さんの手を掴んでいた。


「おわっ!き、黄瀬さん…?」

「…オレのこと、普通に呼んで欲しいっス。」

「え、呼んでました…よね?」

「"さん"づけは嫌っス。あと敬語も嫌だ。」

「えーと、じゃあ…黄瀬君?」

「呼び捨てで。」

「黄瀬?」

「何で名字っスか!下の名前。」

「…涼太?」


たった一言名前を呼ばれただけなのに、オレはニヤける顔を抑えられなかった。

今までも、女の子に"涼太"って呼ばれたことは何度もある。

でもそれは全部向こうが勝手に呼んでただけで、自分から呼んで欲しいなんて言ったことは一度もない。

あ〜…呼び捨てで呼ばれることがこんなに嬉しいなんて思わなかったっスわ。


溢れる笑顔が抑えられないまま"オレもスズっちって呼んでいいっスか?"って聞いたら、木下さんは"もちろん!"って、満面の笑みで頷いてくれた。

その笑顔を見た瞬間、今度は何か涙腺が刺激されて…!

涙を見せないように、オレはスズっちの手を掴んだまま俯いた。


「…スズっち。」

「ん?何?」

「さっきの言葉…もう1回言って欲しいっス。」


オレがそう言えば、スズっちは足を広げて座ってるオレの前にちょこんと座って…

そんで、あの言葉を繰り返してくれたんス。


「…負けて涙が自然と出るのは、バスケが大好きな証拠。」

「うん。」

「だから涼太はまだまだ強くなれるし、もっともっと上に行ける。」

「…うん。」

「きっともう、自分を見失うことはないよ。」

「! …うん。」


最後の言葉の後、スズっちはオレの頭をポンポンと撫でてくれた。

その手があったかくて…優しくて…

オレはこのときから、目の前で微笑む彼女に急速に惹かれ始めてたんだ。



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