「8時間48分で全員ゴール。予想よりわずかに早かったな。ご苦労」
一列に並ぶ生徒たちを前に、無陀野は淡々と話し出す。
最初は見守る側だったスズも、今は皇后崎と屏風ヶ浦に挟まれて立っていた。
今日の修行を振り返るように、担任からの言葉は続く。
「この修行で成長した者もいれば、自分の役割を理解する者、状況を整理し統率をとる者、協力し動く者、仲間のために体を張る者…
それぞれ実戦における全体・個人の動き方をわずかにも感じられた。そして矢颪…お前はよくやったよ。
チームにおいて"己しか考えず動く者がいた場合"ということをやってくれた。今回ずっと空回りしていたが、そういう意味ではある種功績だ」
「テメェ…喧嘩売ってんのか?全員でゴールってのが最初から気に食わねぇんだよ!
個人の強さが欲しいんだ!それよりなんだ!?"仲良く一丸に"の方が大事か!?」
「そうだ」
「…は?」
「大事な仲間を作る。この羅刹学園の1つの意義でもある」
そうして無陀野は、鬼が強くなるとはどういうことかを生徒たちに伝え始める。
鬼の血は心と強く結びついている。
つまり強くなるためには、心の成長が必要不可欠なのだ。
そして心を育てるために欠かせないのが"仲間"の存在なのだと、無陀野は話を締めくくる。
「仲間を作りともに闘う。この羅刹学園は心を育む場所でもある。今回の修行はそういう意味も込められている」
「めちゃくちゃまともじゃん…!」
「仲間を作るには"知る"必要がある。お前らの目標を言ってみろ。四季、お前の目標は何だ」
「いきなり俺!?俺は…親父の仇をとる!あと…鬼も普通に笑って過ごせる世界にしてぇな」
「親父を殺す」
「もっと…血を使って役に立ちたいです…」
一ノ瀬を皮切りに、順番に自分達の目標を発表していく生徒たち。
屏風ヶ浦の後に漣、手術岾、遊摺部と続き、皆の視線はスズへと向けられた。
「次はスズだが…お前のはもう皆知ってるかもな」
「俺が代わりに言う!誰も死なせない、だよな!」
「うん!…1人でも多くの仲間を救えるように、鬼の力を鍛えていきたいです」
"無人先生のためにも"
スズの眼差しからそんな言葉が聞こえてきた気がして、無陀野の表情が少し和らぐ。
彼女にだけ分かるよう小さく頷いた無陀野は、サッと表情を切り替えて最後の1人に顔を向けた。
「矢颪、お前は?」
「……うざってェ…俺は!死んだ仲間の数だけ桃太郎を殺す!あいつら以外の仲間を作る気はねぇ…!」
「(やっぱり碇君には、忘れられない仲間がいるんだ…)」
「仲間を作る?心を育てる?どうでもいい!俺は帰るぜ!」
「あいつ練馬行ってからピリピリしてね?」
捨て台詞を残し、矢颪はまたも皆の輪を外れて一足先に歩き出した。
そんな彼の後ろ姿を心配そうに見つめていたスズは、何かを決意した表情で無陀野の元へ向かった。
「無人先生」
「ん?」
「あの…碇君のこと、すみませんでした」
「何でお前が謝る?」
「先生に碇君のこと任されたのに、ちゃんと支えてあげられなくて…また1人にさせちゃったから。
今先生はきっと、私のこと頼りないって思ってると思うんです。だからこんなことお願いするのは気が引けるんですけど…
引き続き、私に碇君を見守らせてもらえませんか…!お願いします!」
「…珍しく一方的に喋ったな。今の話を聞いて、俺が言いたいことは2つだ」
「2つ…」
「あぁ。まず1つ目…俺は確かに矢颪のことを任せると言ったが、あいつの言動すべてに責任を持てとは言ってない。
お前は何かと教師側につくことが多いから、本来背負わなくていいものまで抱え込ませてるんだと思う。それは俺の落ち度だ。すまない」
「そんな!先生は悪くないです!私が勝手に「スズ」
「は、はい!」
「生徒の身の安全と未来に責任を持つのは、大人であり教師である俺の役目だ。だからお前はもっと自由に過ごしていい」
「…はい」
「それを踏まえた上で、さっきの申し出はすごくありがたい」
「えっ!」
「教師という立場上、矢颪に対して俺では踏み込めない部分が絶対にある。
見せたくない顔や知られたくない過去を、お前になら見せられるかもしれない。スズにはそういう力があると俺は思ってる」
「私に、そんなすごい力あるかな…」
「ある。少なくとも俺は、スズの前でなら全てをさらけ出せる。…あの夜もそうだっただろ?」
不意に耳元で囁かれた言葉に、スズの顔はほんのりと赤く染まる。
その様子に少し口元を緩めながら、無陀野はさらに言葉を続けた。
「今までも今も、お前を頼りないと思ったことは一度もない。これから先もそうだ。そう思ってる人間を秘書なんかにしない」
「先生…」
「お前は俺に出来ないことができるし、俺にはない力を持ってる。…いつだって頼りにしてる。これが、俺の言いたかったことの2つ目だ。
ただし無茶はしないこと。1つ忘れて欲しくないのは…スズも俺の生徒であることに変わりはないってことだ。お前の命と未来は、俺に守らせてくれ」
「! はい、ありがとうございます…!」
自分の言葉に赤い顔で満面の笑みを見せる教え子を、無陀野は愛おしそうに見つめる。
と、2人のやり取りが終わったタイミングを見計らって、猫咲が声をかけてくる。
吹雪もいよいよ強くなってきて、早々に下山をしないと大変なことになるだろう。
「僕らも下山しますか」
「あぁ」
「(さみぃんだよ、早く帰らせろ)」
「波久礼、言いたいことははっきり言え。修行ついでに、スクワット1000回やって降りろ」
「(殺す殺す殺す殺す…)はい!喜んで!」
「僕も訓練お供しよう!ゲホッ!」
「どっか行け」
「ふふっ」
「笑ってんじゃねぇよ、スズ。お前は付き合わせんぞ」
「ひっ!嫌です…!」
目標達成の充実感と無事に終わった安堵感で、一行は和やかに下山を開始する。
引き続き矢颪の教育係を任されたスズは、1人先を歩く彼とどう接していこうか考えていた。
「(ウザがられるのを覚悟で、やっぱりまずはたくさん会話しないとね!)」
そのための時間はたっぷりあるはずだった。
「(ここにいたって俺は強くなれねぇ…!)」
だが矢颪の心は、既に羅刹学園から離れ始めていた…
第3章 fin.
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