授業が終わった一ノ瀬は、その足で保健室へと向かった。

ドアを開ければ、そこには頼れる2人の人物の姿。

中にいる先生コンビを前に、彼は言葉を探すように視線を宙に向ける。

そんな生徒の心中を察し、無陀野は自分の前に座るよう促した。





第65話 抱える ー後ー





「眠れてるか?」

「え?まぁ普通に…あーいや…ごめん嘘。あんまり…」

「初めて人を殺した時は誰でも引きずる。何もおかしなことじゃない」

「そうそう。それにあの所長、かなりヤバい奴だったわけだし。結果的に四季君のおかげでもう被害者は出ないって考えれば…」


大人組から前向きな言葉をかけられても、若人の顔は晴れない。

どれだけ自分の行動を正当化しても、"人を殺した"という事実は変わらないと…

目を閉じるとあの時の光景や感触が蘇り、心が不安定になる日が続いていた。

"自分の決断が間違ってなかったという確証が欲しい"

そう呟く一ノ瀬に対し、無陀野は静かに言葉を紡ぐ。


「残念だが"間違ってない確証"なんかないんだ。争いがそもそも間違ってることだからな。

 それでも戦場に出て命を奪う覚悟あるなら、奪われる覚悟も持たないといけない。

 お前が殺した所長も持ってたはずだ。たとえ覚悟なく鬼を殺しててもだ。

 お前は言ったな?鬼も笑って過ごせるようにしたいと。その夢には困難が山ほどある。

 誰かの返り血を浴びなきゃいけない時もある。お前は今回それを体感したんだ。

 それを踏まえてどう生きるのか?それに関してはまだ真っ白なキャンバスのままだ。

 好きな色を塗ればいい。筆を置くことだってできる。決めるのはお前だ」

「…そうだな…もう少し考えるわ…」

「眠剤出すよ」

「あぁ…さんきゅ」


そう言って席を立つ一ノ瀬。

だがドアの方へ向かいかけた足を今一度止めて、夕日に照らされる室内を振り返る。


「…スズって、今回のこと知ってんだっけ?」

「情報は常に共有してるからな」

「…何か、言ってた…?俺の、こと…」

「距離を置くべきかどうか迷っていた」

「そっか…やっぱそうだよな…」

「自分の顔を見たら、お前があの時のことを思い出してツラくなるだろうからと」

「えっ」

「命を救う役目の自分といたら、お前に精神的苦痛を与えてしまうかもしれない…スズはそう考えてる」

「スズといて嫌な思いしたことなんか一度もない!…むしろ逆だろ。スズと…どう接したらいいか、分かんねぇんだよ…」

「あいつはお前にとって天使なんじゃなかったのか?」

「そうだよ天使だ…天使だから!…人を殺した俺が…甘えていい子じゃない」


一ノ瀬は俯いたまま、手をグッと握り締める。

スズとどう接したらいいか分からない。

それは少し前の自分からしたら、信じられないような心境だろう。

辺りが静寂に包まれる中、最初に声を発したのは、今まで会話に入って来なかった花魁坂であった。

その声はいつもの朗らかなものではなく、恐怖を感じるぐらいの冷たさを帯びていた。


「…四季君が思うスズって、そういう女の子なの?」

「!」

「あの時君がどういう気持ちだったか、あの出来事が君の心にどれだけ暗い影を落としてるか…そういうのが1つも分からない子?」

「違っ…!」

「"人を殺した"っていう事実だけを受け止めて君を避けるような、短絡的な思考しか持たない子だと思ってるの?」

「違う!そんなこと思ってねぇ!スズは…めちゃくちゃ優しくて、俺が欲しい言葉を、たくさんくれる…

 しんどい時は傍にいてくれて、話も聞いてくれて…スズの笑顔に、何度も救われてる」

「な〜んだ、ちゃんと分かってるじゃん!…だったらスズへの想いとか行動とか、変える必要ないんじゃない?」

「…うん」


スズの話題で少し元の調子を取り戻したかと思ったが、やはりまだ一ノ瀬の表情は浮かない。

下を向いたまま保健室を出て行った彼を、無陀野と花魁坂は見守るしかなかった。



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