一ノ瀬が完全に出て行ってから、花魁坂はベッド周りにかかっているカーテンを開ける。
そこには同期の言葉を静かに聞いていた皇后崎の姿があった。
「なんで隠れたの?四季君の様子がおかしいって、最初に教えにきてくれたのに」
「俺がいたら吐き出せるもんも吐き出せねぇだろ」
「優しいね。支えてあげてね」
「俺があいつを?そんなやわじゃねぇだろ」
素っ気ないながらも優しさを感じる言動に、花魁坂は少し笑みを見せた。
若者たちが出て行った保健室は、途端に静かになる。
花魁坂の声は、その静寂を壊さないような低く小さなものだった。
「…まぁ戦う鬼なら誰もが通る道とはいえ、やりきれないねぇ」
「これは俺たちの罪だ」
「え?」
「俺たちの代で戦争に終止符を打ててれば、若い世代が手を汚す必要はなかった。これを罪と呼ばないなら一体何だ?」
「優しいな……あんまり優しくなり過ぎないでくれよ…悲しくなるからさ」
丸椅子に座ったまま俯く同期の姿に、花魁坂は心配そうな表情を向ける。
分かりやすく表に出ないが、無陀野はとても優しく仲間思いだ。
担任という立場になった今、以前よりもさらに抱えているものは増えただろう。
最強と言われるほどの強さを持つ彼。だが少しでもバランスが崩れれば…
また静寂が辺りを包み始めた頃、不意に保健室の扉がガラッと開く。
その人物は小走りで中へ入って来ると悲しそうな、しかし強さを持った声で言葉を発した。
「先生たちの罪じゃないです!!」
「「!」」
「もっと前の世代の人たちが戦争を終わらせてたら、先生たちがツラい思いすることもなかった…!
先生たちだけが罪を背負うなんて…そんなのおかしいです!!」
「…聞いてたのか、今の話」
「あ、ごめんなさい…盗み聞きみたいになってしまって…」
「いや、そこはいい。俺たちが話していることで、お前が聞いちゃいけないことは何もない」
「そうじゃなくてね、今の話を聞かせちゃってごめんねってこと」
「え?」
「前にも言ったが…お前は俺たちといることが多いから、知らなくていいことまで耳に入る。その結果、余計な心労がかかるだろ」
「そんなことないです!」
「ふふっ。スズは優しいね。でも教師側と生徒側の間に挟まれることで、いろいろ悩ませたくないんだ」
「……無人先生も京夜先生も優し過ぎます。私たちのことを大切にしてくれるのは、すごく嬉しいです…でも!
それでお二人がいろいろ抱え過ぎて、ボロボロになっちゃったら…悲しいし、ツラいです…
私たちはまだ未熟で、失敗したり迷惑かけたりたくさんしちゃうけど…それでも先生たちの力になりたい。
少しでもいいから、抱えてるものを分けて欲しいです。先生たちと…私たちがいるこの世代で、戦争を終わらせたいです!」
力強い言葉と眼差しを受け、大人組は阿吽の呼吸で目線を交わす。
目の前の少女に対して思っていることは、2人とも同じようだ。
無陀野が座ったままスズの手を取る。
突然のことに驚く彼女に優しい表情を向け、言葉を紡いだ。
「ありがとう。今のスズの言葉で、俺と京夜がどれだけ救われたか分かるか?」
「スズが俺たちのことを想って言ってくれた言葉全部…すごく嬉しかった。泣きそうになっちゃったよ」
「京夜先生…」
「お前の言葉には温度がある。だから俺も京夜も、お前の傍を離れたくないんだ」
「無人先生…」
「全部終わらせよう…この世代で」
「! はい!」
明るい笑顔を見せるスズに、大人組もそれぞれ口元を緩める。
話が終わっても、握っているのを忘れているのかと思うぐらい、一向にスズの手を離さない無陀野。
それを横目で見ていた花魁坂は、ムクムクと沸き上がる嫉妬心から自身も行動を起こす。
ポンと優しくスズの頭に手を置くと、そのままその手を肩に回した。
「まっすーに続き、また手のかかる大人が増えたけど許してね?」
「あははっ!任せて下さい!」
「俺はお前ほど手はかからない」
「どうだか〜あんまりスズを困らせるようなことしちゃダメだよ?」
「そのまま返す」
普段の彼らとは違う幼いやり取りに、スズからはまた笑顔がこぼれる。
そうしてしばらく他愛のない会話をしていた3人だったが、ふと思い出したように花魁坂が口を開いた。
「そういえば、ダノッチも明日杉並行くんでしょ?」
「あぁ」
「重傷者の治療は済ませて戻って来たけど…また行くのは気が重いなぁ〜」
「苦労をかけたな。今日戻ったばかりなのに」
「仕方ないよ。急なことだったし」
「真澄さんたちも、引き続き頑張っておられますしね」
「だね。でもまさか杉並区が桃に落とされるなんてね」
花魁坂のその言葉に、スズと無陀野が頷きを返した直後…
またも保健室のドアが勢いよく開けられる。
焦ったように入って来たのは、スズの同期である遊摺部であった。
「杉並が…陥落したって本当ですか…?」
「あぁ…だから俺とスズとダノッチは、明日杉並に行くんだ」
「僕らは…僕らは行かないんですか…?」
「人手不足で力は借りたいけど、華厳の滝からまだ3日だし…」
「行かせてください…!杉並には…妹が…妹がいるんです…!」
「「!?」」
「お願いします…!連れてってください!」
「ダノッチ…」「無人先生…」
「遊摺部、今すぐ皆を教室に集めろ。明日のことについて話す」
「すみません…ありがとうございます!」
不安から目に涙を浮かべた遊摺部は、そう言って保健室を飛び出して行った。
こうしてスズは、同期全員と共に再び杉並の地へ向かうことになるのだった。
to be continued...
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