1人現場に残ったスズは、同期と敵の大将という両極端な存在へ治療を施していた。
本音を言えば、大切な仲間である一ノ瀬に対してだけ自分の力を使いたい。
だが右京も死なせるわけにはいかない。
そんな自身の複雑な思いを押し殺しながら、スズは両者へ平等に接していた。
一ノ瀬を気遣い、彼の方にだけ丸めた上着を頭の下に入れていることが、現状に対する彼女のせめてもの抵抗であった。
第81話 容疑 ー前ー
治療に専念するスズの元へ、見慣れた人物が到着する。
しっかりと自分の役割を全うしている彼女を誇らしげに見ていた彼は、そっと近づき頭にポンと手を乗せた。
「! 無人先生!」
「ケガはないか?」
「私は全然…!四季が頑張ってくれましたから…!」
「そうみたいだな。スズが傍にいてくれて良かった」
「いえ…私はただ見てただけで…」
「そんなことはない。だいぶ重症だが、お前がすぐに治療を始めてくれたお陰で回復は早いだろう。スズも四季も…よくやった」
穏やかにそう言った無陀野は、自分を見上げるスズと横になっている一ノ瀬の頭を優しく撫でた。
いつも厳しい担任からのお褒めの言葉で、スズの顔には笑みが浮かぶ。
そんな折、右京の傍にスウ…と人影が現れる。
「あ、真澄さん!」
「お疲れさん。こいつの方も治療してたのか」
「遊摺部君のためです…!」
「あぁ、分かってる」
変な誤解をされないように慌てるスズを落ち着かせるため、そう言って少し口角を上げる淀川。
"本当は同期だけを治したかった"という彼女の気持ちを、隊長殿は十分に理解していた。
頑張った想い人を労いたい淀川は、傍に立っている自分の同期を邪魔に思う。
何とかここから離れさせることはできないかと考えを巡らせた結果、先程から自分たち宛にかかってきている電話を利用することにした。
「…おい、無陀野。さっきから電話鳴ってんだろ?早く出ろよ」
「お前にもかかってきてるだろ。現状の連絡だ、お前が出て俺に共有しろ」
「俺はスズと話があんだよ」
「…勧誘したらどうなるか分かってるな?」
睨みをきかせてくる無陀野を追い払うように手を動かした淀川は、自分たちのやり取りを不思議そうに見つめていたスズに視線を移す。
そして立ち上がり近くに移動すると、淀川は片膝を立ててしゃがんだ。
彼の表情は、先程のやり取りとは打って変わって穏やかなものだった。
「ありがとな。治すの嫌だったろ」
「! ……はい。援護部隊として、言っちゃいけないことですけど」
「言っちゃいけないことなんかねぇよ。俺しか聞いてねぇから、抱えてるもん吐いちまえ」
「…本当は、四季のことだけ治したかったです。どこもかしこも骨折だらけで、打撲や切り傷だって何十ヵ所もあって…
立ってたのが奇跡みたいな状態なのに…輸血と軽傷の治療しかできてなくて…」
「どう見てもほっといて先に死ぬのは右京だ。優先するしかなかったんだろ?」
「…うん」
「大丈夫。ちゃんと分かってっから」
「はい……真澄さん」
「ん?」
「…私すごく頑張ったので…もっと褒めてください」
俯いたままそう呟くスズは、普段のしっかりした彼女とは違い、年相応に幼く見えた。
無意識にぶつけてくるその可愛らしいギャップに、淀川は自分の理性が飛びそうになるのを感じる。
それをギリギリのところで繋ぎ止めた彼はそっとスズの手を取り、静かに言葉を紡いだ。
「スズがそういうこと言ってくんの珍しいな」
「…抱えてること吐き出していいって、真澄さんが言ってくれたので」
「そうか。……味方を半殺しにされた状況で、"敵の治療をする"っていう選択が出来る奴はそうそういねぇ」
「えっ」
「きっと戦いが終わった直後は、一ノ瀬のことしか考えらんなかったはずだ。こんだけのケガだしな。
けどそこでお前は右京の方にも目を向けた。このままこいつが死んだら、洗脳の方はどうなるんだって。
前に俺が言ったこと覚えてるか?ピンチの時こそ冷静に脳みそ回して考える…今回お前はそれをちゃんとやれた。
周りに誰もいない、自分しか頼れない状況でよくやったよ。偉かったな。それでこそ援護部隊のエース」
「へへっ」
「それでこそ…」
そう言うと同時に、嬉しそうにしているスズの手をグッと引っ張る淀川。
そして自分の方へ近づいた彼女の頭を空いている手で抱き寄せ、耳元に口を近づける。
「…俺の好きなスズだ」
「!」
「ふっ。どうした?まだ足んねぇか?」
顔を覗き込みながら話しかけてくる淀川に、スズは頬を染めたまま顔をブンブンと横に振る。
"じゅ、十分過ぎます…!"と下を向く想い人の満点の反応に、彼は満足そうに口元を緩めるのだった。
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