さっきまでの騒がしさが嘘のように、今森の中は静寂に包まれていた。
聞こえるのは、雨が葉に当たる微かな音だけだった。
沈黙が得意ではないスズがいろいろ話しかけるが、望むような返事はなかなか聞こえてこない。
「どっか痛いとこない?」
「…」
「右腕怪我したの?」
「…」
「治そうか?後頭部とか脇腹と「お前の血…」
「ん?」
「…本当、笑えるぐらい戦い向きじゃねぇな」
ようやく会話ができたと思ったら、あまり好意的ではない言葉のチョイス。
だがさすが一部の人間に天使と呼ばれるだけあって、スズはその辺りを一切気にしない。
かけられた言葉に、穏やかに返事をするのだった。
「そうだね〜先生にも、攻撃も防御もできないから気をつけろって言われてるし」
「それで何でこの世界にいるんだ?馬鹿なのか?」
「…皇后崎君みたいな命知らずのおバカさんがいるからだよ」
「あ?」
「鬼と桃太郎の戦いって、皇后崎君が思ってるよりもずっとツラくて激しいものなんだよ。
手足が千切れたり、内臓破裂してたり、その両方だったり…前線に出てる人達は、本当に酷いケガして帰ってくるんだ」
「…」
「でも皆それぞれ目標があって、守りたいものがあって、どれだけ大ケガしてもまた前線に戻ろうとする。
だから私がそういう人達の痛みを少しでも早く治せれば、前線に出てる人はケガを気にせずに思いっきり戦えるでしょ?
…私はこの戦争で亡くなる人を、1人でも多く減らしたい。そのために私はこの世界にいる」
「! お前…」
「いつか皇后崎君が前線に出てボロボロになって帰って来たら、私がすぐ治してあげる!その時には、私のありがたみが痛いほど分かると思うよ?」
明るい声でそう言ったスズは、元気な笑顔を皇后崎へと向ける。
彼女が、思っていたよりもずっと強い信念を持っていることを知り、皇后崎は言葉に詰まる。
治療のお礼を言えばいいのか、今の話の返事をすればいいのか、それとも全て無視してしまうか…
スズの顔を見つめながら、皇后崎はそんなことを思い悩んでいた。
と、見つめ合う2人の元にある人物が現れる。
「おい、何俺の天使と見つめ合ってんだよ!さっきまで散々ひでぇこと言ってたくせに」
「四季!ボール探しに行ったんじゃなかったの?」
「ちょっとこいつに話あってさ」
「…」
「助けてやるから協力しろ!」
「は?」「(おぉ!いいね!)」
「1人で無陀野相手にすんのは無理だ!助けてやるから手伝え!」
「断る!お前に助けてもらうなんて恥だ!」
「お前のプライドは目標より大事なのかよ!?俺は目標のためなら、大嫌いな奴とだって手を組むぞ!」
「お前に関係ないだろ!」
「ないわけじゃねーよ!俺の親父も桃太郎だ!」
「!?」
「だからなんだっつー話だけど!共通点がないわけじゃねぇ!ただそれだけだ!いいから手を貸せ!」
力強くそう言った一ノ瀬に対し、皇后崎は相変わらずの冷めた目で"断る"と返した。
とても良いアイデアだと思っていただけに、スズは思わず意見を言おうとするが、それよりも先に皇后崎が続けて言葉を発した。
「お前に協力するんじゃない。お前が俺に協力するんだ!」
「は!?何だよそれ!」
「いや、それどっちでもいいから!縄ほどくね」
「…お前いいのか」
「何が?」
「俺らが何かしたら、あいつに連絡すんじゃねぇのかよ」
「するよ。だから早く行って!」
「さすが天使!ありがとな!」
そう言って笑顔で走り出す一ノ瀬に続いて、皇后崎も立ち上がる。
何か言いたそうな顔でこちらを見る彼を、スズは無陀野へ電話をかけながら追い払うような手つきで送り出すのだった。
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「(この辺りにいないとなると引き返したか?)」
「無人先生!」
「スズ」
「すみません、逃げられちゃいました…!」
「わざとだろ」
「…何のことですか?」
「お前はもう少し上手い嘘のつき方を学んだ方がいいな」
「うっ……怒ってますか…?」
「そう見えるか?」
一ノ瀬と皇后崎を送り出した後、無陀野と連絡を取り合流したスズ。
事の次第を謝罪すれば、全てお見通しとばかりに嘘を見抜かれてしまう。
恐る恐る顔色をうかがうスズに対し、無陀野は彼女の頭にポンと手を乗せた。
その表情は穏やかであり、スズが心配するようなことはなさそうである。
と、そんな2人が立っている木の枝の下を走り抜ける1つの影が…
「ん?」
「どうしたんですか?」
「いた。行くぞ、スズ」
「あ、ちょ、待って下さい…!」
無陀野に続いて駆けつけた先には、さっき別れたばかりの同期の姿があった。
あの後どういう作戦を考えたのか知らないスズは、これから起こることにドキドキと落ち着かない状態である。
「急いでどこへ行く」
「うぉっ!(皇后崎の馬鹿野郎…助けた俺に囮をやれとかふざけんなよ!)」
「あっ…!」
「!」
「偉そうなこと言ったんだ…しっかり決めろ!」
一ノ瀬の前に降り立った無陀野。
その彼の背後に立つ木の上から、皇后崎が飛び降りて来たのだ。
同期2人に挟まれる形になった担任の姿を見て、スズは人知れず興奮するのだった。
to be continued...
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