赤い顔の一ノ瀬を、同じような顔で見送ったスズ。

人生初めての告白にすっかり舞い上がり、とても眠れる状態ではなくなってしまう。

いつまでも熱が引かない顔を冷ますため、スズは少しアジト内を散歩することにした。


まだ深夜という時間ではないものの、通路を歩く人の気配は少ない。

あてもなく歩いていたスズは、自販機が置いてあるオープンな休憩スペースを発見した。

冷たい飲み物を買って、設置してあったベンチに腰を下ろす。

どうしたって一ノ瀬の顔が浮かぶが、それでも少しずつ心と体が落ち着いてきた。

と、そこへ…


「あら、可愛い子発見。暇なら俺の部屋来ない?」

「紫苑先輩!」

「何、寝れねぇの?」

「あ、はい。ちょっと顔が火照ってしまって…!」

「確かに少し赤いかもな」


そう言いながらスズの頬を優しく撫でる朽森。

彼らしいそんなさりげない行動にも今のスズは敏感に反応し、また顔の温度が上がってしまった。

周りに誰もいない状況で、彼氏候補に入れてと伝えた相手が1人でいる。

はたして世の中に、この場を離れられる男が何人いるだろうか。

案の定朽森も、"隣座っていい?"と問いかけながらベンチに腰を下ろした。


「紫苑先輩も眠れないんですか?」

「ううん。俺夜型だから、まだ活動時間なだけ」

「あんまり夜更かししちゃダメですよ?」

「じゃあスズが添い寝してくれんだったら寝る」

「そ、そういうことじゃなくて…!」


自分の発言にちゃんと反応してくれるスズが可愛くて、朽森の顔には笑みが浮かぶ。

そしていつものようにチュースティックを取り出してくわえると、横から猛烈な視線を感じた。

顔を向ければ、スズが興味深そうに自分の口元を見つめていた。


「ふっ。くわえてみる?」

「どんな味なんですか?」

「ん〜表現すんの難しいな〜癖あるし」

「えー…」

「ちょっとなら平気だって。ほら」


差し出されたチュースティックを、素直にくわえるスズ。

この時点で間接キスが完成したわけだが、本人は全く気づいておらず…

"癖ありすぎです"と渋い表情で訴えてくる彼女に、朽森はニヤニヤを隠せない。

適当に言葉を返しながら、わざと大袈裟な仕草でチュースティックを自分の口へと戻す。

そこでようやく、スズが例の事実に気がついた。


「あっ!紫苑先輩、それ、今、私が…!」

「うん。何か問題ある?」

「いや、だって、その…間接キスに…」

「なるね。でもその前にさ…俺が口つけたやつを、スズ今くわえてたからね?」

「……あーっ!そうだった…す、すみません!全然気づかなかったです」

「謝ることねぇよ。…狙ってやってんだから」


妖しく微笑む朽森に、スズの心身がまた熱くなっていく。

飲みかけの缶を握り締めたまま俯いている少女に、朽森は静かに声をかけた。


「スズ」

「は、はい!」

「学校の屋上で俺が言ったこと覚えてる?」

「もちろんです…!」

「そっか…まぁ俺自他共に認める女好きだから、当然軽いって思われてんだろうけどさ……これでも結構マジでスズに惚れてんだよ?」

「なっ…!」

「スズと知り合ってから、他の女の子が目に入んなくなっちゃったんだよね」

「26人も彼女さんがいる紫苑先輩がですか…?」

「そっ。女の子に不自由したことない、モテモテの紫苑先輩が」

「ふふっ」

「だからさ…今度デートしよ?」

「えっ!」

「俺のこともっと知ってもらって、好きになってもらうためのデート。頑張ってめっちゃいいプラン考えるからさ」

「…そのプランのデートは行きたくないです」

「へ?」

「紫苑先輩を知るためのデートなら、特別なものより、素の先輩と一緒に過ごしたいです」

「!」

「普段行ってるごはん屋さんとか、いつも通ってる散歩コースとか、そういうところを巡るデートがいいです!」

「…そんなんでいいの?」

「そんなのがいいんです!前にも言ったじゃないですか。紫苑先輩はそのままで十分素敵なんです!何も頑張る必要なんかないです」

「(あー…バカみてぇにドキドキする…)じゃあ…俺と大我が気に入ってる町中華とか連れてっていい?」

「はい!嬉しいです」

「見た目ボロだし、店の親父はヤバい奴だし、周りガヤガヤしてうるせぇよ?」

「大丈夫です!だって美味しいんでしょ?」

「うん、味は間違いない」

「いいですね〜!そういうところ好きです!」

「…俺も。そうやって笑ってるスズが好き」


目線を合わせて微笑みかければ、スズの言動がピタッと止まる。

話している間に一度引いた顔の赤みも、再び勢いを取り戻した。

コロコロと表情や仕草が変わる木下スズという存在に、朽森の理性は首の皮一枚状態だ。

少しでも距離をあけないと平静を保てないと思い、彼はスッと立ち上がる。


「紫苑先輩…?」

「…部屋戻るわ。これ以上ここいたら…」

「?」

「たぶん手出しちゃう」

「えっ!?」

「ふっ。いろいろあって疲れてんだから、スズは早く寝ろよ?」

「あ、は、はい!努力します…!」

「ん?努力しねぇと寝れない感じなの?」

「何か、そんな感じがして…!」

「なら…よく寝れるおまじないしてあげよっか?」

「そんなのあるんですか?」


最初にアジトを出発する際、似たような会話の後で鼻キスされたのを忘れているのか、スズはまた先輩の話術に乗せられてしまう。

純粋な眼差しで自分を見つめてくる想い人を愛おしく思いながら、朽森はその場にしゃがんで彼女の膝に手を添える。

そしてチュースティックを口から外すと、素早くスズの鼻へ唇を寄せた。


「ちょっ、ま、また…!」

「これが"普段の"俺だから。油断しちゃダメよ?」

「紫苑先輩…!」

「(口にしなかった自分偉すぎでしょ。我ながらよく耐えたわ…)んじゃ、おやすみ〜」


最後にスズの頭をポンと撫で、朽森は部屋へと戻って行った。

残されたスズはと言えば、それからまたしばらく眠れない時間が続いたのだった。


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時を同じくして…

東京タワーの地下にある桃太郎機関の研究ラボでは、とある問題が発生していた。

桃太郎機関には人と鬼を判別する検査キットがあり、それを用いて日々鬼をあぶり出している。

そしてその結果が全国各地から本部へ報告されるのだが、ある場所の結果だけおかしなことになっていたのだ。


「おかしいよな、これ…」

「あぁ…」

「どうした」

「え?あ!統括!実はおかしなことがありまして。統括が作成した鬼か人か判別する血液検査キットですが、

 これは2割の確率でただの人間を鬼と判別してしまうから、通常は2回検査して鬼かどうかを判別するのがルールのはずなんですが…

 この県のこの市だけ、鬼の判別結果が100%になってるんです。

 検査回数も他より多いのは、おそらく1人当たり2回の検査を1回に減らしてるからかと…」

「つまり人間でも、一度鬼と判別されたら再検査せず討伐している可能性があるということだな」

「はい…これ…大問題ですよ。ただの人間も殺してることになるので…」


桃太郎機関を脅かす一大事に、隊員たちはすぐに現地へ人を向かわせようとする。

が、統括と呼ばれた男はその行動を止め、自ら出向くと告げた。

彼とその相棒の"あぶみ"なる人物が向かう先…

それは図らずも、スズたちが行こうとしている場所と同じであった。

次なる舞台は…長野県松本市。



第5章 fin.



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