高円寺で過ごす最後の夜が明け、新たな始まりに相応しい朝がやって来る。
少し寝不足気味で目覚めたスズは、それでもテキパキと支度を整えていった。
そして居残り組や大人組と軽く挨拶を交わしてから、アジトを出発するのだった。
第87話 松本市 ー前ー
昼食代わりの駅弁を買い、スズが準備したチケット片手に新幹線へと乗り込む4人。
同室コンビは当然スズの隣がいいのだが、結果として座席は一ノ瀬・皇后崎ペアが前、ボス・秘書ペアが後ろということなった。
「なんで席までこいつと一緒なんだよー!」
「それはこっちのセリフだ。はみ出してくんなよな」
「お前がな!」
「もう〜すぐケンカする〜」
「周りの迷惑になるようなら…現地まで走らせてもいいんだが」
本当にやらせそうな無陀野の一声で、一ノ瀬と皇后崎は瞬時に静かになる。
ガサガサと駅弁を開ける音が聞こえてきてようやく、後ろの2人も一息つくのだった。
窓側の席を譲ってくれた無陀野にお礼を言いながら、スズも弁当を広げる。
「本当に窓側座っていいんですか?」
「あぁ。俺がお前を通路側に座らせたくないだけだから気にするな」
「え、何でですか?」
「…ここを通る奴らに、スズの無防備な姿を見せたくない」
「!」
「笑ったり、眠ったり、食事をしたり…スズのそういう姿を不特定多数の人間に見られるのはいい気分じゃない。
まぁ簡単に言えば俺のワガママだ。…今のその顔も、俺以外の奴には見せたくないんだがな」
スズの赤く染まる頬に触れながら、無陀野はそう言って少し口角を上げる。
だが自分が彼女へ向ける表情に、車内の女性たちが目を奪われていることには全く気づいていない無陀野なのであった。
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少しの間静かに食事をしていた子供組だったが、じっとしていられない性格の彼がまた動き出す。
不意に後ろを振り返ったかと思えば、スズの弁当を一口くれと言い始めたのだ。
今までであれば、すぐに唐揚げか何かをパッと食べさせていただろう。
しかし昨晩の告白を思い出すやら、朽森との間接キスのことも浮かんでくるわで、面白いぐらいテンパるスズ。
それが自分を意識してのことだと分かっている一ノ瀬は、嬉しそうに彼女の様子を眺めていた。
「(スズには悪いけど…俺のこと意識してくれてんのマジで嬉し過ぎる…!)スズ〜ダメ?」
「ダ、ダメじゃないよ!ちょっと、ま、待ってね…!」
「四季、うるさい。大人しく自分の弁当を食ってろ」
「え〜ちょっとぐらいいいじゃんか〜」
「窓から落とすぞ」
「うっ…ちぇ〜いいよな〜ムダ先はスズの隣で〜」
読んでいた本から目を上げた無陀野に注意され、一ノ瀬は渋々元の位置へと戻った。
"うるさくしてすみません…!"と謝ってから、スズはまた熱くなった顔を冷ましながら食事を続ける。
と、不意に思うことがあり、チラッと隣に目をやるスズ。
1日の摂取カロリーを決めているため、無陀野は弁当を食べていないのだ。
静かに読書を続ける彼に、スズはそっと声をかける。
「先生」
「ん?」
「あの、本当にご飯食べなくて大丈夫ですか?」
「あぁ、いつも通りだからな」
「でも次いつ食べられるか分かんないですし、何か少しぐらいお腹に入れた方が…この卵焼き手つけてないのでどうですか?」
「…食べさせてくれるのか?」
「えっ!」
「それなら食べてもいい」
持っていた本を膝の上に置き、無陀野は穏やかな眼差しを向ける。
急な展開と予想外の発言にドキドキしながらも、スズは手を添えて卵焼きを差し出した。
近づく整った顔と、何の躊躇いもなく自分の箸から卵焼きを口にするその姿に、スズの心拍数は上がりまくりである。
ワタワタしている彼女にお礼を伝えた後、無陀野はスッと人差し指を唇にあてた。
「知られると面倒だから、これは俺とスズだけの秘密だ」
「! はい…!」
「ムダ先〜今何か言った〜?」
「俺も何か聞こえたような気がする」
「何も言ってない。2人とも静かにしてろ」
「ふふっ」
男性陣の他愛のないやり取りに、スズは顔をほころばせるのだった。
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