迷った末、リンゴジュースが置いてある席の人物に頼むことにしたスズ。
唯一の素面ということ、そして何より聖母と言われる人物であることが決め手となった。
他のメンバーがワイワイしている時を見計らって百鬼の元へ行き、例の紙を見せながら事情を説明する。
聞き終えた彼は、二つ返事で受け入れてくれたのだが…
膝に乗って向かい合わないと出られない部屋 -百鬼編-
「ちょっと待った…思ったんだけどよ」
「はい?」
「書いてある通りにしたら、スズ飯食えねぇよな?」
「あ、そうですね…でも、あの…」
「よし!じゃあこうすっか!」
"そんなに長い時間やる必要はないから大丈夫"
スズがそう伝える前に、百鬼はやる気満々で行動を開始する。
キョトンとしている後輩を、胡坐をかいて座る自分の足の間へ誘導する。
食事がしやすいよう、向きは当然テーブル側を向いた状態だ。
つまり今、スズは百鬼に後ろからハグをされた状態で座っているわけである。
「これなら飯食いやすいし、少し恥ずかしさも減るだろ?」
「え、あ、は、はい…!」
「まぁ膝に乗ってるかって言われりゃ怪しいけど…俺のくるぶし辺りにケツ当たってるし大丈夫ってことで!」
「(いや、待って!何か返事しちゃったけど、これはこれでドキドキする…!)」
「つーかさ、2人何でそんなにくっついてんの?ズルくない?」
ワチャワチャしている2人へ、朽森がそう言って話しかけてくる。
百鬼が簡単に事情を説明すれば、杉並の隊長はより一層騒ぎ出してしまった。
そんな彼を押さえつけながら、今度は猫咲が興味津々で会話に入ってくる。
「でもその体勢じゃ条件クリアしてなくね?」
「「え?」」
「だって向かい合ってねぇじゃん」
「「確かに」」
膝に乗る方ばかり気にしていたせいで、もう1つの条件をすっかり忘れていた2人。
そこを残りのメンバーからも指摘され、動きが止まってしまった。
"それならこっちおいで〜"と腕を広げる朽森の言葉が耳に入るや否や、スズの腰に添えられていた手にグッと力が入る。
変化に気づいた彼女が声をかけるよりも先に、当の本人が呼びかけてきた。
「スズ」
「は、はい!」
「ちょっとこっち向け」
「?」
少し体を動かして百鬼の方へ顔を向けると、彼はスズの頭に手を添えたままコツンと互いのおでこをくっつけた。
急接近したことはもちろんだが、百鬼がとても愛おしそうな表情で自分を見つめていたことに、スズの心拍数は跳ね上がった。
「これで向かい合ったことになんねぇかな?」
「だ、大丈夫だと、思います…!」
「ん!じゃあゆっくり飯食ってろな」
「あ、ありがとうございます!」
「へぇ〜大我ってそういうことするんだね」
「確かに初めて見たが、なかなかいい表情だった!ガハッ」
並木度や印南にからかわれても、百鬼は"うるせぇ"と返すだけでいたっていつも通りだ。
ドキドキしてるのは自分だけかと心の中で苦笑しながら、スズは目の前に広がる美味しそうな食事に手をつけ始めた。
しかし食べ始めて20分ほど経った頃…他のメンバーがほろ酔いではしゃいでいたタイミングで、不意に百鬼がスズの肩に顔を埋める。
「! 大我先輩…?」
「お前、いい匂いするよな」
「えっ!そ、そうですか?」
「おぅ。……スズが引くと思って言ってなかったんだけどよ、俺ずっとドキドキしてんだわ」
「!」
「この体勢だと、スズの体温とか匂いとか重さとかダイレクトに伝わって、なんつーか…すげー幸せな気持ちになる」
「先輩…」
「悪ぃ。抑えらんなくてつい言っちまったけど、こんなこと言われても困るよな」
「そんなことないです!…ドキドキしてるのが私だけじゃないって知れて嬉しいです…!」
「お前もドキドキしてんのか?」
「してますよ!当たり前じゃないですか…!」
「ふっ、そっか。…もうちょいこのまんまでいていいか?」
「はい…!」
顔を見合わせた2人は、お互いに照れ臭そうな表情を見せる。
それをまたからかわれるまで、あと20秒。
fin.
- 216 -
*前次#
ページ:
第1章 目次へ
第2章 目次へ
第3章 目次へ
第4章 目次へ
第5章 目次へ
第6章 目次へ
短編 目次へ
章選択画面へ
home