"松本を救って欲しい"

その規模の大きな発言に驚きつつも、スズたち4人は万の次の言葉を待つ。

だが彼が口を開こうとする度に、近所の大人たちが手土産片手に入れ替わり立ち替わりやって来て…

結果何も話が進まないまま、目の前にはあっという間に大量の食糧が積まれていた。





第89話 万と雷





事情を聞けば、松本には若い鬼が雷殿と万の2人しかいないらしく可愛がられているのだとか。

いただいた愛情溢れる食べ物を雷殿に片づけるよう伝えてから、ようやく万は話を再開した。


「最近出始めた鬼か人かを判別する検査キットを使って、松本の桃が暴挙に出ていまして。

 ほぼ強制的に検査をして、鬼の判定が出ればすぐさま処刑されます。

 一番問題なのは…普通の人も鬼と判定されれば問答無用で処刑されることです」

「いやいや!は!?鬼じゃないのに殺すのかよ!?」

「信じられない…」

「まだ性能が高くなく、誤判定が出るのかと…再検査すればわかるのに、再検査なしの処刑です」

「遺族が黙ってねぇだろ?」

「…鬼の判定が出た者は、家族も全員処刑されます。なので声を上げる身内がそもそもいなくなります」

「そんなの虐殺じゃねぇか!」

「先生、桃太郎ってそんなことまでできちゃうんですか…?」

「いや、おそらく松本の桃の単独行動だろうな。本部もそこまでの暴挙は許さない。

 しかし真実が表に出ることもないだろうな。桃太郎機関は警察や情報の抑え込みも可能だ」

「やりたい放題じゃねぇかよ…」

「今松本の全ての人が危険に晒されています。どうかお力を貸してください」


そう言って、万は話を終えた。

当然と言わんばかりに意気込むスズと一ノ瀬に対し、皇后崎は冷静に問いかける。

"松本の鬼機関は何をしているのか?"と…


「それは…」

「万ー!片付け終わった!お菓子食べていい!?」

「ご飯前に食べちゃダメだよ。先にお風呂入りな」

「頭洗ってくれる!?」

「はいはい」

「わーい!お風呂ースズも一緒入る〜?」

「えっ!?いや、私は…」

「バカ!入るわけねぇだろ!…俺だって入ったことねぇのに」

「四季…?」

「! いや、なんでもねぇ!危なかったな!」

「うん、ありがとう…!」


またも話を遮られ一瞬場が騒がしくなったが、雷殿が去ると同時に先程の空気が戻って来る。

若い鬼が雷殿と万だけであることからも分かるように、松本の鬼機関は現状機能していない。

今まではなんとかなっていたことが、今の桃太郎に変わったことで立ち行かなくなっていた。

鬼神の子がいると言えど、圧倒的な人数差の前では厳しいのが現実だ。


「これは僕の我儘なんですが、今回の件…皆様だけでなんとかして頂けませんか?雷にはこれ以上殺しをしてほしくないんです。

 今まで桃との争いは雷が対応してくれていました。当然命の奪い合いも…鬼機関が機能していないせいで…雷の負担が大きいんです。

 雷と過ごしてわかったと思いますが、凄く純粋だったでしょう?」

「純粋ってか原始人の子供みてぇだったな」

「ふふっ、確かに。精神年齢がまだ幼い感じで可愛いよね」

「あながち間違いじゃありません。雷は数年前までずっと山奥で暮らしていました。

 親を亡くし、祖母と数人の仲間と山奥を転々としてたみたいです。

 しかし桃の襲撃に遭い仲間を失い、それからは山奥に1人で暮らしていたようです。

 そんな雷を僕のお婆ちゃんが見つけて保護し、それからは一緒に暮らしてきました」

「だから常識が抜けてるし、いろんなことが新鮮なのか」

「あの純粋さが僕は好きです。だから殺しの負担を背負い続けて、雷が変わるんじゃないかと心配なんです。

 なのでどうか…代わりに松本の桃を討伐してください」


自分事のように真剣な表情で頭を下げる万。

その言動からは、雷殿を大切にしたいという真っ直ぐな想いが伝わって来た。

しかし今目の前のことを対処できたとしても、今後ずっと一ノ瀬たちを頼るわけにはいかない。

他の地区からの異動も、引き継ぎなどがあるためそれなりに時間はかかってしまう。


「てなると、ある程度腹括るしかねぇよな」

「けど、それじゃあ雷は…」

「あぁ違う違う。腹括るのはお前だよ」

「え…?」


一ノ瀬の言っている意味が分からず戸惑う万だったが、そこへ渦中の人物が不意に姿を見せる。

お風呂中ということで、当然全裸の状態だ。

一ノ瀬は慌てるスズの視界を遮るように前に立つと、雷殿の行動に対し正論でツッコミを入れた。

と、会話の途中で突然万が咳き込み始める。


「あー!万ゲホゲホしてる!薬飲む!?」

「おい大丈夫かよ?」

「万さん!」


本職モードに切り替わったスズがすぐさま駆け寄り、背中を一定のペースで優しく叩く。

そのリズムに合わせて呼吸を繰り返すことで、万の咳は徐々に落ち着いていった。


「スズさん、ありがとうございます…助かりました」

「いえ…!」

「すみません…生まれつき体が弱くて…いつものことなので大丈夫です。命に関わる病気じゃないので」

「結構喋ったからな。あんま無理すんな。松本は俺らに任せとけ!」

「ありがとうございます」

「みんなどっか行くの!?俺も行く!」

「楽しくねぇぞ?」

「じゃあ行かない!」


最後まで子供らしい言動の雷殿を微笑ましく思いながら、スズたちは行動を開始するのだった。



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