中にいる2人の話し声が止むのを待って、花魁坂は重い腰を上げる。
今自分は、元の顔に戻れているだろうか。
笑顔が不自然になったりしてないだろうか。
そんな不安を深呼吸で胸の奥にしまい込み、彼は保健室の扉を元気よく開けるのだった。
第96話 記憶と心 / バイバーイ
すっかり支度を整え終わった無陀野と、まだほんのり顔に赤さが残っているスズ。
"待たせてごめんね〜"と笑いかけながら、花魁坂は2人と合流した。
気がつけば、約束の時間が差し迫っている。
3人は少し急ぎ足で学園内にある和室へと向かった。
到着するとすぐにスズは無陀野から彼のスマホを受け取り、同時通話の準備を始める。
これから行われる遊摺部と万のやり取りを、他の関係者たちにも聞かせるためだ。
まずは練馬にいる偵察部隊コンビ。
「馨さん、聞こえますか?」
『うん、大丈夫だよ』
「良かった!真澄さんも近くにおられますか?」
『あぁ、聞こえてるから心配すんな』
練馬との通話を切らず、次は高円寺へと繋ぐ。
しっかり者である百鬼に電話をかけるが、何故か電話口には隊長の方が出てきた。
「大我先輩、聞こえますか?」
『はいは〜い。スズの可愛い声がバッチリ聞こえてるよ〜』
「あれ?紫苑先輩?なんで…」
『悪ぃ、スズ!紫苑にスマホ取られた。けど俺にも聞こえてるから大丈夫だ!』
朽森の行動に淀川が舌打ちするのを聞きながら、ラストは非常勤コンビへ。
唯一外に出ている彼らの周りは、少しだけザワザワしている。
「幽先輩、どうです?電波大丈夫そうでしょうか?」
『うん!すごくよく聞こえている!』
「もし途中で聞きづらくなったら言ってください。波久礼先輩、その時は先輩の方にかけ直します!」
『了解。電波見ながら待機しとく』
こうして計6人・3箇所と通話を繋げた状態で、スズはスマホを持ち主へと返した。
そのまま無陀野と一ノ瀬の間に立つと、いよいよ記憶を覗く時間がやってくる。
正座状態で互いに向かい合う遊摺部と万に、全員が視線を向けた。
「それじゃあ遊摺部君始めようか。君の記憶を覗かせてもらうよ。
記憶を覗くとは心を覗くこと。君の人生を覗きながら、心の色を見させていただきます。
外部からの洗脳があれば、心の色が変わります。それを見れば遊摺部君の行動が自身によるものか、洗脳によるものかがわかります」
落ち着いた口調で説明を終えると、万は血を自分の手の甲に垂らすよう遊摺部に伝える。
それに舌先が触れた瞬間、万の脳内に遊摺部の記憶が次々と流れ込んだ。
結果が出るまでの数分が、スズたちには何時間にも感じられた。
「ふぅ…」
「しんどそうだな」
「体力を使うからね…でも平気」
「わ…わかったのか?」
矢颪のその問いかけに対する答えを、スズを含め全員が固唾をのんで待った。
万は一呼吸おいてから、先程と同様静かに話し始める。
「…はい。遊摺部君は…記憶を見る限り、君に非はないと思います。君は羅刹に入る前から洗脳状態でした」
「「っしゃあ!」」
「よかった…」
これで遊摺部が行ってきた行動はすべて、右京による洗脳のためと証明された。
彼自身の意志ではないことがわかり、同期たちは喜びの表情を見せるのだが、当の本人は浮かない顔。
いくら無実が証明されたからと言って、それですべての罪がなくなるわけではないのだ。
「だからこそ…!これからの行動でしっかり償おうと思う…!
皆の助けになれるように!仲間と言ってくれた皆の役に立てるように!今度は僕が皆を守ります!」
そう言った遊摺部の目は、今までとは違う強く真っ直ぐな光を宿していた。
生まれ変わったような彼の姿に、同期全員が嬉しそうに顔を綻ばせる。
場の温かい空気を感じながら、万はさらに言葉を続けた。
洗脳により色が暗くなり、壊れる寸前だった遊摺部の心は、羅刹での日々を経て元の姿に戻っていった。
同期たちと過ごした時間が彼の心を繋ぎ止めたのだと告げ、万は話を終えた。
「洗脳状態でも遊摺部君本人の意識はあったの?」
「はい、意識はありました。右京の洗脳は意識を奪うんじゃなくて、本人の意識に洗脳を植え付けるタイプじゃないかと。
意識を奪う洗脳は強制力が強いですが、会話が機械的になってしまいますから。
なので皆さんとの体験や思い出は遊摺部君本人のものです」
花魁坂と万の会話を聞いていたスズはその言葉を聞き、パッと皇后崎の方へ顔を向けた。
彼自身も思うことがあり、2人の視線は同じタイミングで合わさる。
高円寺アジトの倉庫で2人きりになった時、スズは言っていた。
"今までの遊摺部君が、全部嘘だったなんて思えないし、思いたくない。
女子と話す時の楽しそうな笑顔も、変なこと言って怒られてる時の凹んだ顔も、男子同士でワチャワチャしてる明るい顔も…
絶対遊摺部君の本心だった。嘘であんな表情出てこない…!このままお別れなんて…嫌だよ"
だから皇后崎は、自分に遊摺部のことを頼めと促したのだ。
スズの言っていた通り、今までの思い出は全部遊摺部の本心だった。
そのこともまた証明されて、2人は微笑み合うのだった。
「ということだ」
『わかったよ』『よかったですね』
『了解ーっす』『頑張れよゴルァ!』
『助け合い、高め合う生徒たちの人生にグッドを!ガハッ』『何言ってんだ?』
関係者たちもこの結論に納得し、電話を切るとそれぞれの持ち場へと戻って行った。
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