気合いを入れ直し患者の元へ戻ろうとしたスズだったが、彼女の耳に再び声が聞こえてくる。

しかし今度は通信機からではなく、彼女自身の血を使った通信方法での連絡だった。


これまでの訓練で、スズは自分の血について新たな事実を掴んでいた。

彼女の血を一度体に入れると、入れられた側が意図的に排除しようとしない限り、その血が体内に残るというものだ。

つまり今のこの通信は、過去にスズの血を体に取り込んだ人物からということになる。

聞こえてきた声は、先程の黒髪桃太郎と同じ表情が変わりにくい彼であった。


『スズ、聞こえるか?』

「無人先生!」

『これから戦闘に入る』

「えっ!」

『大通りがある中央エリアにはしばらく近づくな。相手の力量的に、周りに被害が出る可能性が高い』

「…わかりました。先生、ケガは最小限ですよ…!」

『わかってる』

「あと…終わったら声聞かせてください。ちゃんと先生が無事だって確認したいです…!」

『! あぁ、必ず連絡する。またあとでな』

「はい!」


無陀野の落ち着いた声音で、動揺した心が安定していくのがわかる。

119番で救急車を要請しながら患者の元へと戻れば、黒髪桃太郎は言いつけ通りじっと患者を見つめていた。


「(ふふっ、素直な人だな)すみません、お待たせしました!」

「いや、大して待ってない」

「今救急車に来てもらうようお願いしたので、もう少しで搬送できます」

「そうか」

「いろいろありがとうございました!えーっと…」

「…あぁ、桃柊冬呉だ」

「冬呉さん!私は…」

「?」

「(悪い人じゃなさそうだけど、フルネーム名乗るのはマズイか…)あ、スズと言います。本当にありがとうございました!」


それから救急車が来るまでの間、スズは当たり障りのない話題で会話を続けた。

といってもほとんどスズが喋り、冬呉は時折言葉を挟む程度だったが、それでも空気は和やかであった。

そんな中での会話を通して、彼が仲間と共に行動していたことを知る。


「他の皆さんはどこに?」

「わからない。あいつらは目を離すとすぐ迷子になるから困る」

「(大抵こういう風に言ってる人の方が迷子だったりするんだよな…)」

「ん?どうした?」

「いえ、なにも!何か連絡手段はないんですか?スマホとか」


そう言われ、冬呉がポケットから取り出すと同時にヴヴヴ…と震えるスマホ。

"仲間の方かもですね!"と嬉しそうにしているスズを他所に、冬呉はスマホを見つめたまま、なかなか通話ボタンを押そうとしない。

初めて触ったのかと思うほど物珍しそうにスマホをあれこれ見つめ、挙句の果てに、突き刺さんばかりに人差し指で画面を連打し始めた。

一連の奇行に頭が追いつかず呆然とするスズだったが、次の瞬間…

ドスッという嫌な音を響かせて画面に大きな穴が開いた。


「嘘…貫通してる…?」

「故障か…これだから機械は信用できない」

「(いや、今のは絶対自分のせいでしょ…!)あの、と、冬呉さんって機械苦手なんですか?」

「そういうわけじゃないが、いつもすぐに壊れるからあまり持たないようにしてる」

「(仲間の方たちの苦労が目に見える…)」


スズが顔も名も知らぬ桃太郎に同情している間に、当の本人は砂をひとつまみして、何故か風の方向を確認する。

そして謎の確信を胸に、次に向かうべき方角を決めていた。


「じゃあ俺はそろそろ行く。あいつらを捜さないといけないからな」

「(きっと冬呉さんの方が捜されてる側だろうけど…)あ、はい!気をつけてくださいね」

「スズもな。何かあればいつでも呼んでくれ」

「どうやって…?」

「…スズが叫べば聞こえる」

「ふふっ。わかりました!全力で叫びます」

「……お前の纏う空気は…いつも周りにいる奴らと違う」

「(! ヤバイ…鬼ってバレた…?)そ、そうですか?」

「あぁ。上手く言えないが…もったりしている」

「"もったり"?」

「そうだ。傍にいると、心が落ち着くような気がする」

「医療従事者としては最高の褒め言葉です!」

「じゃあ」


そう言って、先程自分で決めた方向へ体を向ける冬呉。

その背中が離れていく前に、スズはどうしても聞いておきたいことがあった。


「冬呉さん!」

「ん?」

「冬呉さんは……鬼が、嫌いですか?」

「好き嫌いの問題じゃない」

「えっ」

「鬼は、スズのような善良な"一般人"の命を脅かす存在だ。

 お前が安心して暮らせるように、これからも全力で人命救助にあたれるように、あいつらは抹殺されなければならない。

 俺たち桃太郎はそのためにいる」

「!」

「平和な世界に、鬼は必要ない」

「…」

「大丈夫。スズは何も気にせず、普段通りに生活していればいい。仕事も遊びも、その全部を俺が守る」


真っ直ぐな言葉をスズに贈った冬呉は、彼女の頭にポンと手を置いた。

大きく温かい手からは、冬呉の強い思いと優しさが伝わってくる。

だが鬼であると知られたら、この手は間違いなくスズに牙を剥くだろう。


「(分かり合うのは…難しいのかな…)」


複雑な胸中をなんとか隠し、スズは冬呉を送り出した。

悪い人ではない。

しかし鬼に対する負の感情は、今までスズが会った桃太郎の中で一番強かった。


彼が一ノ瀬と一戦を交えるまで、あと8分。



to be continued...



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