周りに細心の注意を払いながら、スズは火葬場へ続く道をひた走る。
だが火葬場の扉が見えてくると同時に、彼女は信じられない光景を目の当たりにする。
辺り一帯に大量の血が飛び散り、通路は赤に染まっていた。
そしてその真ん中に1人の男性が倒れている。
見慣れた白衣、見慣れた服装、見慣れた明るい髪色…
さっき自分に"また後でね"と笑いかけてくれた、師匠・花魁坂の姿がそこにあった。
「京夜先生!!」
桃に気づかれるリスクも考えず、大きな声で名前を呼びながら駆け寄ったスズ。
おかしくなりそうな頭を何とか落ち着かせ、まずは脈と呼吸の確認をする。
どちらも限りなく弱く、いつ命の灯が消えてもおかしくない状態だった。
「他の人ならすぐ治療できるのに…!」
明らかに致命傷と見られる首の裂け目から流れ出ている血を手で押さえたスズは、悔しそうにそう呟く。
血の特性が似ているため、お互いのことは治せないスズと花魁坂。
そこでスズは、師匠がいつも携帯している彼自身の血を白衣の内ポケットから取り出した。
それから花魁坂の頭を自分の膝の上に乗せ、試験管に入った血液を口から流し込むのだった。
第16話 頼りない武勇伝 〜 今日の怒りは何を生む?
-side 花魁坂-
首の傷が塞がっていくのが分かる。
大量に失われた血液が戻ってくるのが分かる。
深いところに沈んでた意識が浮上してくるのが分かる。
そうして目を開けて感じたのは、安心する匂いと温かい体温…そして、驚いた表情で俺を見つめるスズの視線だった。
「京夜先生…!」
「…スズ」
「良かった…」
頭の位置的に、俺はきっとスズに膝枕をしてもらってるんだろう。
その状態のまま、スズはそう言って俺の頭を優しく撫でた。
それがあまりに気持ち良くて、また目を閉じそうになったけど、それだと更に心配をかけると思い会話を続ける。
「服、汚れちゃうよ?ここら辺、俺の血がすごいから」
「何言ってるんですか!いいんです、そんなこと…!」
「……1人でここに来てくれたの?」
「はい」
「こんな…いつ唾切たちが戻ってくるか分からない場所に?」
「…はい。だって…」
「ふっ。無茶するな〜うちの子は。師匠の顔が見てみたい」
「京夜先生でしょ…」
「ふふっ。そうだね」
スズの子供みたいな言い方と表情が可愛くて、自然と笑顔になる。
この体の回復具合は、恐らくスズが俺の血を飲ませてくれたからだろう。
白衣の内ポケットに血を入れてることを知ってるのは、自分以外には彼女しかいない。
すごく優秀に育ってくれた弟子に喜びを感じながら、俺はゆっくりと体を起こした。
「もう起きて大丈夫ですか…?」
「うん。まだ少しフラフラするけど、すぐ治ると思う」
「そっか…」
そう言ったきり、下を向いてしまったスズ。
どこか具合でも悪いのかと心配して声をかけると、顔を上げたスズの目は涙で溢れていた。
さっきまでとのギャップに驚く俺を他所に、スズは泣きながら話し始める。
「うぅっ…先生…死んじゃった、かと思った…」
「! スズ…」
「私の血で治せないし…出血もすごくて、怖くて……だから、本当に…良かった…!」
大号泣してるのに、それでもスズの表情は笑顔だった。
俺が目覚めるまでの間、不安で…怖くて…それでも何とかしようとしてくれて…
いつ唾切たちが来るか分からない中で、ずっと俺の傍にいてくれた。
きっと俺が目覚めたことで安心して、今まで抱え込んでた負の感情が溢れ出したんだろう。
スズが京都を離れる時に封印して、気づかないようにしてた感情が、彼女の泣き笑いの表情を見てるうちに蘇ってくる。
この気持ちをぶつけるには、俺とスズの間には壁が多すぎる。
でも…
「(そんな顔されたら…抑えられなくなっちゃうよ)」
気づいたら、涙を止めようと必死に目をこするスズの腕を引いて、俺は彼女を抱き締めてた。
顔を見なくても、突然のことにビックリしてるのが分かる。
動揺した声で俺の名前を呼ぶのを聞いて、思わず笑みが漏れた。
「きょ、京夜先生…?」
「…目が覚めた時、スズがいてくれてすごく嬉しかった。
"また後でね"って言ったのに、もう会えずに死んじゃうんだって思ったから。1人で怖かったよね。…ありがとう、スズ」
「はい…!」
「ふふっ。だい…っ!」
「え?今何か…」
「ん?何でもないよ。独り言」
スズを解放した俺は、そう言っていつも通りの笑顔を向ける。
危なかった…生き返ったことで気が緩んで、つい言いそうになった。
スズから見えないように小さく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
この気持ちはちゃんと抑えとかないとね…
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