皆が脱出のためにバタバタと動いている中、スズは静かに横たわる一ノ瀬の元に歩み寄る。

花魁坂の治療のお陰で傷は治り、傍目には寝ているように見えるだろう。

だが数十分前まで彼はあの唾切と激闘を繰り広げ、そしてついには隊長格を倒してしまったのだ。

一ノ瀬の髪を撫でながら、スズは彼の傍を離れない芽衣へと話しかけた。


「このお兄ちゃん、強かった?」

「うん…!私のこと守ってくれた」

「そっかぁ。でもね、このお兄ちゃん鬼になったばっかりで、まだまだ未熟な部分も多いの」

「そうなの?」

「そう。だから本当なら、あそこの桃太郎を倒すなんてこと出来なかったと思う」

「でも、やっつけてくれたよ?」

「それは…芽衣ちゃんがいたから」

「私?」

「うん。このお兄ちゃんすごく優しくて、誰かのために全力で頑張れる人なんだ。だから芽衣ちゃんを守るためなら、命を懸ける覚悟があったと思う。

 お兄ちゃん…四季がここまで頑張れたのは、全部芽衣ちゃんのお陰。芽衣ちゃんがいなかったら、お兄ちゃんは死んでた。四季を守ってくれてありがとう」


そうして優しい笑顔と声を向けられた芽衣は、ふと一ノ瀬から言われたことを思い出す。


"…スズは俺にとって天使なんだ"

"だから芽衣も、何かあったらスズに甘えていいんだからな?"


そこまで思い出した芽衣は、気づけばスズに駆け寄り抱きついていた。

彼女から発せられる温かい何かに触れ、その安心感で芽衣の涙は次から次へと溢れ出す。

優しく少女を抱き締め、泣き止むまで頭を撫でているスズの姿は、一ノ瀬の言う通り…まるで天使のようだった。


一方、一ノ瀬にやられ死にかけている唾切に対し、彼と向かい合う無陀野は冷たい視線を向けていた。

2人の現世での最後の会話は、鬼神の子・一ノ瀬についてだった。


「無様だな」

「自分でもそう思うよ」

「最後に…一ノ瀬四季の鬼神の力はどうだった」

「…凄まじかったよ。けど僕には、命そのものを燃やしてるように見えたけど…?」

「「…」」

「(四季が鬼神の子…そんな…)」


唾切の言葉に、無陀野と花魁坂は少し表情を曇らせる。

そしてスズもまた、目の前で寝息を立てる一ノ瀬をツラそうな顔で見つめていた。

と、話題が一ノ瀬からもう1人の人物へと移る。


「それと、そこにいる秘書の子だけど…今後はもっと気をつけた方がいい」

「…」「えっ…?」

「実際に能力を見たわけじゃないけど、恐らく彼女の力は治癒系だろ?だとしたら、回復能力のない桃太郎にとっては喉から手が出る程欲しい。

 君たちが相当大事にしてるところから考えて、僕たちにも有効な力なんじゃないのか?今回の件で顔と名前が割れた。…全力で来るよ」

「望むところだ。誰がどれだけ来ようと、スズには指一本触れさせない」

「無人先生…」

「だといいけど」


それが、桃宮唾切の最期の言葉となった。


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泣き疲れて眠ってしまった芽衣を抱き上げ、和室を出ようとしたスズだったが、血の使い過ぎと心身の疲労とで足元がフラつく。

傍にいた花魁坂が支え声をかければ、1つ大きく息を吐いたスズは"大丈夫です"と笑顔を見せた。

だがそれを聞いても、花魁坂の表情は冴えない…どころか、むしろ険しくなる。

そして近くを歩いていた隊員に芽衣のことを頼むと、自身はスズに向き合った。


「スズ、こっち見て」

「はい…京夜先生?あの、私大丈夫ですよ?」

「どこが大丈夫なの…結構な貧血状態だよ」


下まぶたに親指を当ててスズの目の中を確認した花魁坂は、医師としてそう診断した。

桃太郎が攻めて来てからというもの、常に誰かしらの治療を行い、その人数もかなりのものになっていたスズ。

ゆっくり休む間もないこの状況では、自分の血や体力を回復することは難しかった。


「動悸とか息切れは?」

「…」

「スズ」

「…少し、あります」

「じゃあ体もダルいでしょ。おんぶしてあげるから、背中乗って?」

「いえ、平気です!そんなことしたら、先生が疲れちゃう…!」

「俺はまだまだ元気です〜。それに…これ以上無茶すると、またダノッチに怒られるよ?」

「! それは…嫌です。……お願いします」

「うん」


スズの言葉に優しく返事をしながら、サッと背中を向ける花魁坂。

遠慮がちに乗ってくる弟子からお礼を言われれば、彼は"どういたしまして!"と明るく言葉を返すのだった。



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