体を休める場所として、鬼が経営している旅館に到着した一行。

各自が自分たちの部屋へ向かう頃には、花魁坂の背中から穏やかな寝息が聞こえてきていた。

無陀野に一言断りを入れてから、花魁坂はスズをおぶったまま彼女の部屋へと向かう。

そしてキレイに整えてある布団へスズを寝かせると、自分も静かにその傍へ腰を下ろした。

気持ち良さそうに眠る彼女の髪に触れながら、花魁坂はとても小さな声で言葉を紡ぐ。


「強くなったね…それに血の扱いも上手になった。まぁ、ダノッチの傍にいれば当然か。……妬けちゃうな〜」


スズが京都を離れ、無陀野と共に東京へ渡ったのが約1年前。

1年という決して短いとは言えない期間を、2人はどう過ごしていたのか…

割と頻繁にスズから連絡はもらっていたが、日々の全てを聞いているわけではない。

自分の知らないところで、スズと無陀野が強い絆で結ばれていたことに、花魁坂はどうしようもなく嫉妬した。


「俺…思ってたよりもだいぶスズのこと好きみたい。ダノッチに嫉妬までするとか…笑えるよね」


相変わらず穏やかに眠り続けるスズの顔を見つめながら、花魁坂は自嘲気味にそう呟いた。

告白されたことも、自分からしたことも、これまでの人生で1回や2回ではない。

スズに対してだって、告白のチャンスはこれから先いくらでもある。

だが花魁坂の中で、それは絶対にあり得ないことだった。

年齢差、師弟関係、先生と生徒…ありとあらゆる壁が、彼とスズを隔てているから…


「でも安心して、スズ。想いをぶつけて、困らせたりしないからね」


スズへ悲しそうに微笑みかけると、花魁坂は静かに部屋を後にした。


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サッとお風呂で汗を流してから浴衣に着替えた花魁坂は、医師として一ノ瀬が眠る部屋へと足を向ける。

室内には、自分が不在の間一ノ瀬を見守っていた無陀野の姿があった。

相変わらずキッチリ私服を着ている同期に苦笑しながら、花魁坂は小さな声で話しかける。


「お疲れ〜四季君どう?目覚ました?」

「いや、まだだ。だが呼吸は安定してる」

「良かった〜…じゃあダノッチも少し休みなよ」

「仮眠ならさっきした。それよりスズの方は?」

「こっちも大丈夫。貧血もだいぶ治ってきてるし、もうすぐ目が覚めるんじゃないかな」

「そうか…」

「どうしたの?」

「いや…起きたら少し話がしたいと思っただけだ」

「おっ。何、ケンカでもした?」

「してない」


"そうだったら面白いのに…"と思ってしまったことは隠して、花魁坂は無陀野を酒に誘う。

まだ0時を回ったばかりだし、生徒たちはもうしばらく起きてこない。

いつでも気を張っている無陀野に、少しでもリラックスしてもらいたいという彼なりの気づかいだった。


「…お前は程々にしておけよ」

「分かってます〜」


そんな会話をしながら窓際に置いてあるイスに座り、一升瓶を開ける2人。

特に何かを喋らなくても気まずい空気にならないのは、彼らが積み重ねてきた年月のお陰だろう。

月に照らされながら向かい合う無陀野と花魁坂は、傍から見ればとても絵になる光景だった。



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