数時間後…

静かにお酒を楽しんでいた2人の耳に、コンコン…という控えめなノックが聞こえてくる。

花魁坂がドアを開ければ、そこにはすっかり回復して笑顔を見せるスズが立っていた。


「スズ!もう起きて平気なの?」

「はい!運んでくれてありがとうございました。しばらく傍にいてくれました…よね?」

「あ、うん。よく分かったね」

「起きた時、先生の匂いがしたから」


そう言ってふわっと笑うスズに、花魁坂は堪らなくなる。

会えない期間が長くても、自分の僅かな残り香を感じ取ってくれる彼女の存在が愛おしくてしょうがないのだ。


「(ヤバいな…気持ち抑えられなくなりそう…)」

「京夜先生?大丈夫ですか…?」

「ん?大丈夫だよ!それより部屋入る?そんな目パッチリしてたら、もう寝られないでしょ」

「あ、それは…そう、ですけど…先生たちの邪魔になりませんか…?」

「全然。っていうか…俺がスズと一緒にいたい。ダメ?」

「! ダ、ダメ…じゃない、です!」

「ふふっ。よかった」

「…おい、スズは入ってこないのか?」

「ふっ。ほら、ダノッチもあー言ってることだし。おいで?」


笑顔でドアを開ける花魁坂にお礼を言いながら、スズは静かに中へと入った。

手渡されたお茶を飲みながら一ノ瀬の様子を聞いたり、今回の事件について彼らと話し合ったりして時間を過ごすスズ。

そんな彼女に話があると言っていた同期の言葉を不意に思い出した花魁坂は、またもお得意の気づかいを見せた。


「さて!俺ちょっとその辺散歩してくるね」

「え、こんな時間にですか?」

「…ダノッチが仲直りしたいんだって」

「へ?」

「京夜」

「じゃあ行ってきま〜す」


そう言って笑みを見せると、花魁坂は部屋を出て行った。

彼の言葉にピンと来ていないスズは、キョトンとした表情で無陀野の方へ顔を向ける。

同期の露骨なやり方に大きなため息をついた無陀野だったが、一方でこういう機会を与えてくれたことには感謝していた。

スズを窓際のイスに誘うと、向かいの席に座っていた無陀野はゆっくりと話し始める。


「さっき地下通路で話してた件だが…」

「あ、はい」

「俺だって、お前を秘書にして後悔したことなんて一度もない。むしろあのままずっと続けて欲しかった」

「先生…」


無陀野が話したかったのは、京都支部の地下通路で自分の秘書だということを隠すように言った件についてだった。

あの時しっかりと想いを伝えられなかったことを、彼自身ずっと気にしていたのだ。

無陀野はイスから立ち上がり、スズが座る方へと移動する。

そして膝をついてしゃがむと、また静かに話し始めた。


「お前は俺にとって唯一無二の秘書で、大切な存在だ。それだけは信じて欲しい。

 俺たちがお互いの想いを理解してれば、口でどれだけ嘘をついても何の影響もないだろ?

 それとも…そんなことで壊れるような関係なのか?俺とお前は」

「! そんなことないです!」

「俺もそう思ってる。だから少しだけ、嘘つきになってくれ」

「…無人先生のため?」

「! あぁ、俺のためにだ。できるか?」

「はい!先生のためなら、もちろん!」

「ふっ。いい子だ」


いつもの明るい笑顔で返事をするスズに、無陀野も少し笑みを見せながら彼女のを頭を優しく撫でる。

信頼する2人の先生から揃って"いい子"と言われたスズは、すっかりご機嫌モードだった。

だがここで1つ疑問が…


「でも先生」

「ん?」

「唾切が言ってましたけど、今回で私の顔と名前がバレたんですよね?なら秘書の情報はもう必要ないんじゃ…」

「確かに隊長格の連中にはそうかもしれない。だが今回の情報が桃太郎全体にすぐ広まるとは思えない。

 下っ端の連中はまだしばらく、"無陀野の秘書"という情報だけでスズを探そうとするだろう。念には念をだ」

「なるほど…分かりました!」


スズとの会話を終えた無陀野は、飲み物を買おうと一旦部屋を出る。

ドアを開けると、そのすぐ傍に散歩に出ていた花魁坂が立っていた。


「何やってる。入らないのか?」

「2人にしてあげてたの。ちゃんと仲直りできた?」

「元々ケンカなんかしてないと言ってるだろ」

「そうでした〜。で、どっか行くの?」

「水買ってくる。お前もいるか?」

「ううん、大丈夫。ありがと」


そうして無陀野と入れ替わりで入って来た花魁坂と共に、一ノ瀬を見守ること数十分…

ついに大激闘を繰り広げたヒーローが目を覚ました。


「ん?ここは…?チャラ先…?スズもいる!」

「お!起きた!」

「おはよう、四季!」

「鬼が経営してる旅館借りてんのよ。もう朝の5時過ぎだから、他の生徒は部屋で休んでるよ」

「! 先生」

「よくあの唾切を倒したな」


水を差し出す無陀野に声をかけられ、一ノ瀬は改めて自分が勝ったことを認識する。

だが彼の口から出るのは渇いた笑いと、後悔の言葉だった。


「…まぁ…芽衣の両親は帰って来ないんだよな」

「そうだ。喜ぶにはあまりに多くを失った。それでも俺らは前を向かないといけない。今はただ…生きて朝を迎えられたことを喜ぼう」


開け放った窓から朝日が差し込む中、無陀野はそう言って一ノ瀬を振り返る。

朝日が目に入ったのか、無陀野の言葉のせいか…

スズは自分の目頭が熱くなるのを感じた。



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