皇后崎の家族は、彼を含めて4人。
強くカッコいい父、明るく穏やかな母、そして…
いつでも自分を優しい嘘で守り、手を引いてくれた大好きな姉。
桃太郎である父は忙しく、なかなか家に帰って来ない。
だから母と姉を守るのは自分の役目だと、幼いながらに皇后崎は心に決めていた。
ある日学校帰りに姉から買い物を頼まれた皇后崎は、事を済ますと急いで家へと向かった。
何故ならその日は、憧れの対象である父の誕生日だったから。
だがキッチンへ続くドアを開けた皇后崎の目に飛び込んできたのは、荒れた室内に横たわる血だらけの母と姉だった。
むせかえるような血の匂いの中に、2人を殺した人物…父である桃井戸颯が立っていた。
"母さんと葉月は鬼だった。お前はどっちだ?"
父は落ち着いた声でそう問いかけると、息子へ冷たく光る目を向けた。
状況が理解できず、混乱した頭の中には、大好きな2人が殺されたという悲しみと怒りが渦巻く。
そして彼もまた、父にとっては敵である鬼へと変わった。
2人と同様、何の躊躇いもなく息子を斬り捨てた父。
彼から逃げるようにボロボロの体を引きずって歩く皇后崎は、大好きな母と姉を守れなかったと涙を流す。
だがその涙はすぐに止まった。
代わりに生まれたのは、かつては憧れの対象であった父への深く暗い感情。
父親を地獄の底へ叩き堕とし、今度こそ2人を守る。
この日を境に、皇后崎は怨みの鬼として生きることを胸に誓ったのだ。
第28話 怨みの鬼 / 疑惑
前を向いたまま、淡々と話を続ける皇后崎。
彼の話が終わると、辺りはさっきまでとは種類の違う静寂に包まれた。
その静けさを破ったのは、終始つまらなそうに話を聞いていた一ノ瀬だった。
「ふーん、なるほどね。あーあ、辛気くせぇ話のせいで膀胱パンパン。小便してくらぁ」
そう言って公衆トイレへと向かった一ノ瀬を見送ると、場にはスズと皇后崎だけが残った。
しばらくお互い黙ったままだったが、先に口を開いたのはスズの方だった。
「話してくれてありがとう。あと…ごめん」
「?」
「呼び方のこと。そういう過去があったって知らなくて、気安く呼び捨てにしちゃった」
「…それの何がダメなのか分かんねぇんだけど」
「…最初から一匹狼っぽかったし、家族以外に名前で呼ばれたことないかな〜と思ってさ。呼ばれる度に、いろいろ思い出させてたんじゃないかと…」
「なるほどな。…まぁ確かに家族以外に俺を名前で呼ぶ奴はいなかった。家族がチラつかないって言ったら嘘になる」
「…」
「でもさっきお前に名前で呼ばれた時、マイナスな感情は一つも出てこなかった」
「……本当に?」
「この状況で嘘ついてどうすんだよ。…だから、呼び方はそのまんまでいい」
「あとから怒ったりしない?」
「しねーよ。……し…った。」
「ん?」
「…久しぶりに名前で呼ばれて……嬉しかった」
「!」
「あー…やっぱ今のなし!忘れろ!」
「忘れるわけないじゃーん!」
「ニヤニヤすんな!」
「ふふっ。これからもよろしくね、迅!」
「…おぅ」
照れ臭そうに顔を伏せる皇后崎を、スズは笑顔で見守るのだった。
どこか彼の姉を思わせるような、温かく優しい笑顔で。
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