あれはショックを受けてる顔だ。
スズは一ノ瀬の顔を見てすぐにそう思った。
優しい性格故、周りに気を遣ったのだろう。
何か声をかけたいが、どう言えば良いものかと悩みながら、スズもまた処置室を出る。
と、不意に聞こえてくる2つの声。
声の発生元はどうやら男子トイレのようだった。
足音を消して近づけば、皇后崎が不器用な言い方ながら一ノ瀬を励ましている言葉が聞こえてくる。
お互いに素直じゃないが、それでも確実に一ノ瀬の心は軽くなっただろう。
思わず笑みが漏れるスズの前に、トイレから出てきた皇后崎が姿を見せた。
「やっ!」
「! お前…聞いてたのか?」
「うん。私も何か声かけようと思ったんだけどさ、やっぱりこういうのは男同士の友情に限るね!」
「何だよそれ。気持ち悪ぃ」
照れ臭そうにそう言って、皇后崎はスズの前を通り過ぎる。
追いかけて横に並べば、まだほんのりと赤い顔が見えた。
「迅、良い方に変わったよね」
「…別に変わってねぇよ」
「変わったよ、すごく。優しくなった。いい子になったね〜迅!」
少し前に出たスズは、足を止めた皇后崎の頭を優しく撫でる。
突然のことに呆然としている彼をよそに、足取りも軽くまた歩き始めるスズ。
最後に頭を撫でられたのはいつだったか…
母か、姉か…どちらにしても、優しくて温かくて幸せだった。
今…それと同じか、それ以上の感情が皇后崎の心に生まれていた。
そして気づいた時には、前を行くスズの腕を取り、すぐ横にあった廊下へ連れ込んでいた。
驚くスズを、いわゆる壁ドン状態に追い込めば、今度は彼女の顔が赤くなっていく。
「え、ちょ、迅!?何、どうした?」
「急に頭撫でたりすんなよ…抑えらんなくなるだろ」
「え?」
「…お前のせいだからな」
真っ直ぐに目を見つめそう言った皇后崎は、スズの肩に顔をうずめるようにして抱き締めた。
思いがけない同期の行動にアワアワしているスズを無視し、彼は静かに語りかける。
入学して最初の課題である鬼ごっこをしたあの日、雨の中で彼女が言ってくれたことは正しかったのだと…
「…入学初日、俺に言ったよな?いつか前線に出て、ボロボロになって帰ってきたら…自分のありがたみが分かるって」
「あ、う、うん…言った、ね」
「お前の言う通りだった。お前が後ろにいるって思うだけで、めちゃくちゃ安心した。
どんだけ攻撃されても、ボロボロになっても…お前が絶対治してくれるって思えば、怯まずに向かって行けた」
「そっか…!良かった」
一瞬ドキドキを忘れ、素直に喜びを伝えるスズ。
そんな彼女をさらに強く抱き締め、皇后崎は今までずっと言えなかった言葉を口にした。
「……ありがとな、スズ」
「!」
「今までちゃんと言えなくて悪かった」
「え、あ、い、いや…!そんな、全然…あの…!」
「? 急にどうした」
「いや、何でもない…!」
「…そんな明らかに動揺しててか?」
「ど、動揺なんてしてないから!」
体を離し、顔を覗き込んでくる皇后崎に対し、スズは視線を合わせないよう顔を背ける。
だが訝しむような視線を送られ続けて耐えられなくなり、何とも小さな声で言葉を紡ぐのだった。
「……初めて、名前…呼んだじゃん」
「は?」
「いつもお前とか、おい、とか…だったでしょ!」
「! ふっ。で、1回名前呼ばれただけで、今そんな状態になってんのか?」
「だって耳元、だったし…!」
言いながら、スズの顔はどんどん赤くなっていく。
いつの間にか目で追うようになっていた相手が、自分の発言にこんなにも照れていることに、皇后崎自身が一番驚いていた。
緩みそうになる表情を必死に抑え、彼は今一度スズを抱き寄せる。
「…スズ」
「ちょ、耳元やめてって…!」
「何でだよ。ただ呼んでるだけだろ」
「そう、だけど…!」
「…病院で助けに来てくれた時、お前が天使に見えた」
「へ?」
「スズが狙われる理由知ってんのは、同期じゃ俺と四季だけだろ?だから俺も守る…お前のこと。天使の護衛は、あいつだけじゃ荷が重い」
病院から脱出した後の公園で、初めてスズが狙われる理由を知った。
当然のように"守る"と言い切った一ノ瀬とは対照的に、皇后崎は何故かその言葉が出て来なかった。
照れ臭かったのか、変なプライドが邪魔をしたのか…
「(今ならこんなに素直に言えんのにな…)」
「ありがと…!」
「おぅ」
「でも…」
「ん?」
「…もうドキドキし過ぎるから、この体勢はダメ!」
「いでっ…!おい!」
超近距離での会話が続き、スズの心臓は完全にオーバーヒートした。
せめてもの抵抗で皇后崎の鼻をつまむと、スズは一目散に処置室へと走って行く。
廊下から出てきたところを一ノ瀬に目撃されているとも知らずに…
「ふっ…もっとドキドキしてりゃいいのに」
「(スズだ!こんな廊下で何してたんだ?)って、皇后崎!?おい、今ここにスズいただろ!」
「(うっせぇのが来た…)いたよ」
「俺の天使に何してた!!」
「別に」
「嘘つくなよな!こんな暗いとこ連れ込みやがって…何してたんだよ!」
「……手、出してた」
「!」
「あいつ…スズはお前だけの天使じゃねぇから」
宣戦布告のように一ノ瀬へそう告げた皇后崎は、スズの後を追い処置室の方へと歩き出した。
この2人がいろいろな意味でライバル関係になるのは、そう遠い未来ではないだろう。
to be continued...
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