その日の夜…

急患もなく、スズは皆が羨む一人部屋でのんびりと過ごしていた。

と、不意に聞こえるノックの音。

救護室を使う場合は事前に電話が入るため、こういう時は普通の来客だ。

返事をしながらドアを開ければ、そこには墓地で見た服装のままの無陀野が立っていた。


「先生!」

「部屋、空いてるか?」

「大丈夫ですよ!どうぞ」


無陀野は考え事をしたい時や1人になりたい時、たまに救護室を使うことがある。

今日もそれだろうと思い、スズは部屋に案内した後すぐに外へ出ようとした。

しかし立ち去ろうとした彼女の腕を、ベッドに座っていた無陀野がパっと掴んで引き留めた。


「ん?先生?」

「…少しだけ、傍にいてくれないか」

「あ、は、はい…!」


無陀野から漂う甘い雰囲気を感じ取り、スズは一気に心拍数が上がる。

ドキドキしながら横に座れば、ふーっと息を吐いた彼はスズの肩に頭を乗せた。

静かに目を閉じている担任の腕に彫られた刺青を、スズはそっと撫でる。

一瞬目を開けた無陀野だったが、嫌がるわけでもなく再び目を閉じた。


「また増えちゃいましたね…」

「あぁ」

「私もっともっと鍛えて、1人でも多くの仲間を救えるように頑張ります。先生の刺青が…これ以上増えないように」

「…ありがとう」

「…」

「何でスズが泣いてる」

「泣いでばせん…」

「ふっ…相変わらず嘘が下手だな」


お礼を伝えた無陀野の声が、あまりに儚く消えてしまいそうで…

気づいた時にはスズの目に涙が溢れていた。

頭を上げた無陀野は、そんな彼女の涙を優しく親指で拭う。

そのまま頬に手を添えて見つめていても、鼻をすすっているスズは気にせず、されるがままになっていた。

無陀野はそっと手を下ろし、諭すように話しかける。


「…もう少し警戒心を持て」

「え?」

「俺も男だぞ?」

「…男の人ですけど…無人先生は優しいですから!傍にいると安心しますし」

「……だからいつもそんなに無防備なのか?」

「へ?」

「あまり俺の前でそういう態度を取るな」

「あ、ご、ごめんなさい」

「違う。怒ってるんじゃない。俺の問題だ」

「先生の?」

「…前よりもスズに触れたいと思うことが多くなった」

「!」

「今も抱きしめたい気持ちを必死に抑えてる。いつかお前を傷つけるようなことをするかもしれない」

「先生…」

「だからもっと俺を警戒しろ」

「……いつも気を張って、私達のことを守ってくれて、戦いに出れば常に命の危険があって。

 そんな状態で過ごしてたら絶対に疲れます…体も、心も。だから先生はもっと人に甘えていいと思います。自分に厳し過ぎますよ。

 私、今まで先生と一緒にいて傷つけられたこと一度もないですよ?むしろ優しくしてもらい過ぎて、勘違いしちゃいそうです。

 仮に!もし先生がそういうことをしてきても、そのぐらいでへこたれるほど、私はやわじゃないです!」

「…じゃあ、抱きしめていいか?」


いつになく熱っぽい目を向けてくる無陀野を前にして、スズの心臓は壊れるぐらいに鳴っていた。

"は、はい!"と返事をしたのは良いが、不意に自分がまだお風呂に入っていなかったことを思い出す。

これはマズイと慌てて立ち上がったスズを、無陀野はキョトンと見上げた。


「やっぱり、ちょ、ちょっと待ってください!私、まだお風呂入ってなくて…汗臭い、から」

「俺だって同じようなものだ。気にするな」

「いや、先生はものすごくいい匂いです!すぐですから!サッと入ってきま「今…」

「へ?」

「今すぐがいい」


無陀野がワガママを言うだけでもあり得ないのに、上目遣い付きのこんなに可愛いおねだりは最早奇跡に近い。

そんなものを真正面からぶつけられて無事なわけはなく…

スズは真っ赤な顔で首を縦に振った。

満足そうな表情で自分の足の間をポンポンと叩く無陀野に促され、スズはぎこちなく再びベッドへと腰を下ろした。

彼女が座ると同時に腰に手を回し、肩に顔を埋める無陀野。


「…お前が傍にいると落ち着く」

「そ、それは…良かった、です!」

「ふっ。…スズ」

「は、はい!」

「俺は面倒だぞ。大丈夫か?」

「ドンと来いですよ!」

「頼もしいな」


そう言ってさらにギュッとスズにくっついた無陀野は、穏やかな声でお礼を伝える。

心臓のドキドキは増すばかりだが、これで彼の気持ちが少しでもほぐれるなら安いものだ。

明るい声で言葉を返して、スズもまた無陀野に体を預けるのだった。



to be continued...



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