深くゆっくりになる呼吸、上がって来る体温、力が抜けていく体…

無陀野が安心したように寝入っていると感じたのが、5分程前のこと。

それからスズは何とか彼を起こさないよう、座っていたベッドへ寝かせる。

静かに布団をかけると、スズはそのキレイな寝顔から目が離せなかった。





第39話 GO!GO!雪山 ー前ー





ベッド脇に膝をついて、穏やかに眠る無陀野を見つめるスズ。

特徴的な鋭い三白眼が閉じているため、普段が想像できない程にその顔は幼く見えた。

そんな意外な表情に笑みが漏れたスズは、そっと彼の左頬に触れる。

体に入っている刺青のことは知っているが、顔の2本線についてはその経緯を聞いていなかった。


「(いつか話してくれる日が来るかな…)」


聞いたところで自分に何かができるわけでもないが、あれだけ自分に厳しい無陀野を少しでも支えられるなら…

その日までにいろんなことを受け止められる大きな人間になろうと、スズのなかに1つの決意が生まれた。

今のうちに部屋から退散しようとスズが手を離そうとした瞬間、その手が無陀野によって掴まれた。


「!」

「……スズ…?」

「起こしちゃってごめんなさい」

「…俺は……」

「ん?」

「スズに…勘違い、させたいのかもしれない…」


まだ眠そうな目でそう囁いた無陀野は、スズの手を握ったまま再び眠りに落ちていった。

"勘違い"という単語は、ついさっき自分の口から出たものだ。


"むしろ優しくしてもらい過ぎて、勘違いしちゃいそうです"


もし自分と同じ意味合いで言ったのなら、目の前のイケメンが自分に対して好意を持っていることになる。

そんなバカな…と思いつつも、スズは一気に顔に熱が集まるのを感じた。

一旦リフレッシュしなければと立ち上がりかけたが、彼女の手はしっかりと捕らえられたまま。

退散を諦め、その場に座り込んだスズは、今までの出来事を何とか消化しようと頭を巡らせるのだった。


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外が徐々に明るくなって来た頃、スズはうっすらと目を開ける。

すぐに感じたのは柔軟剤の優しい匂いと、温かな体温だ。

そして聞こえてきた低音ボイスが、自分の名を呼ぶ。


「…スズ、起きたのか?」

「先生…?」

「ふっ。でもまだ起きるには早い。もう少し寝てろ」


何も理解できないまま、スズは聞こえてきた指示に首を縦に振る。

ぼんやりした頭で唯一分かったことは、何故か隣に無陀野が寝ているということだけ。

ポンポンと優しく頭を撫でられれば、抗い難い睡魔に身を任せるしかなかった。



それから数時間後…

どこからか聞こえてくる電子音に引っ張られるように、スズは目覚めた。

鳴っていた目覚まし時計を止め、しばらく起きた直後のフワフワした状態を楽しむ。

完全に意識が覚醒したのを確認してから、スズは朝シャンへと向かった。

諸々の準備を整え、制服に身を包むと、そのタイミングを見計らったかのように部屋のドアがノックされる。

バッと開ければ、そこにはいつもの完全体の無陀野が立っていた。


「あ、先生!おはようございます」

「おはよう。起きてるってことは、時計は鳴ったみたいだな」

「へ?」

「暗がりでやったから、ちゃんと設定できたか心配してた」

「暗がり…設定…?」

「何だ、昨日のこと覚えてないのか?」

「昨日…」

「一緒に寝ただろ?」


落ち着いた声でそう問いかけられた瞬間、スズの記憶がもの凄い速度で戻ってくる。

1つ1つの出来事があまりに刺激的で彼女の脳内が抱えきれなくなり、一時的に記憶が飛んでいたのだ。

だが無陀野の一言で昨日のことが鮮やかに蘇ってくる。

記憶にある最後の情景は、隣に寝ていた無陀野の穏やかな表情だった。

赤くなる顔と、ドンドン上がる心拍数とでぐちゃぐちゃ状態のスズ。

そんな彼女に構わず、無陀野は何気ない調子で話を続ける。


「悪かったな。俺が手を掴んでたせいで、床で寝せてた」

「え、あ、いえ…!」

「途中で起きた時にベッドに引き上げたんだが、体痛くないか?」

「ぜ、全然!平気…です!」

「そうか、なら良かった。…昨日はありがとう。スズのお陰で、久しぶりにゆっくり休めた」

「と、とんでもないです!」


ドキドキで終始下を向いているスズを微笑ましく見つめながら、不意に彼女を抱きしめる無陀野。

"ひゃっ!"と思わず変な声が出る教え子の耳元に、無陀野は何とも色気のある声で話しかける。


「また来ていいか?」

「も、もちろん!」

「…その時も、傍にいて欲しい」

「私で、良ければ…!」

「あぁ、お前がいい」

「は、はい…!」

「今さら面倒だと思っても、もう遅いからな」


少し体を離して目線を合わせると、無陀野はそう言って少し口角を上げた。



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