残されたスズは言われた通り、木や草むらに隠れるようにして身を潜ませる。

だが直後に響き渡った鈍い音に嫌なものを感じ、彼女は静かに顔を覗かせた。

そこには、ここまで追いかけてきた旺猟によって大木に押しつけられている文月の姿があった。

木の割れ方と、刀だけでなく足でも相手を受け止めている状態を見る限り、かなりの力が加えられているのだろう。

何やら楽しそうに話す妖に対し、文月は珍しく苦しげな表情を見せていた。

そしてついに刀を弾き飛ばした旺猟は彼を袈裟斬りにした。


「(文月!)」

「ん?何か今聞こえたような…」

「(ひっ…!)」


声こそ出さなかったが、突然の出来事に体が反応し、スズの周りの茂みが僅かに音を立てる。

それを聞き逃さず、旺猟はかなりの精度で彼女がいる辺りへ顔を向けた。

瞬時に作戦を組み立てた文月は、旺猟が向けるスズへの視線を剥がすように、傷口を押さえながら逆方向へと走り出した。

本能的に後を追った妖の姿を確認し、スズはようやく止めていた息を吐き出すことができたのだった。


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"いつ見てもみっともねぇなァ!人間が血みどろで逃げ回る姿はよ!"

身を隠すスズの耳に不意に聞こえてきた大きな声と不快な言葉。

細心の注意を払いながら顔を出した彼女の目に、血を流したままこちらへ走って来る幼馴染が映った。

当然その背後には旺猟の姿も…

スズがいる辺りでピタッと動きを止めた文月は、話しかけてくる妖に対し静かに言葉を紡ぐ。


「なんだよ。もうヘバっちまったか?」

「貴様ら妖は傲慢だ」

「あ?何だ急にコラ」

「傲慢で凶悪で単純で残忍だ。獲物が血を流し逃げまどえば、たちまち高揚しそれを嬲る。

 己が勝利を確信し、自らの足元に気を向けることもない。大抵の奴がそうだ。…たまに例外もいるが」

「何が言いたい?死ぬ前に難しい話すんなよ」

「…つまりだ。貴様がその大抵の馬鹿で助かった」


傷を治しながら不適な笑みを見せた文月は、旺猟の足元にある自身の血を発動させる。

次の瞬間…罠にかかった獣のように、妖は血で造り出された網に囚われていた。

そう、すべては文月の作戦通り。妖を捕らえるため、自分の血をわざと撒いていたのだ。

身動きの取れなくなった旺猟を正面から刀で突き刺すことで、2人の勝負は決着がつく。


「ふー…スズ、出て来て良いぞ」

「文月!大丈夫!?」

「あぁ。それより…俺を癒す方法は思いついたか?」

「それはまだ考え中…!」


駆け寄って来た幼馴染に笑みを向けた文月は、刀が刺さったままの妖を網から出し組み伏せた。

自分の腹の上に座る文月とその後ろで恐る恐るこちらを伺っているスズを相手に、旺猟はつまらなそうに言葉を発した。


「…あーあ。せっかくこれから好き勝手できると思ったのによ。つーかお前やっぱ傷塞がってんじゃん。弱ったフリしやがって」

「戦略というやつだ。貴様も見習え」

「戦略…後ろのお姉さんさ、さっきそこにいたでしょ」

「! …はい」

「じゃああの時女を殺してお前を動揺させるのが、俺が取るべき戦略だったのかもな〜まっ、もうおせーけど」

「やらなくて良かったな」

「?」

「それを実行していたら…お前は今喋れていない。首から上がないだろうからな」


口元に浮かぶ笑みからは想像もできないほど、文月の目は冷たさを帯びていた。

旺猟にだけ向けられたその目は、合わせているだけで震えが出そうなほどであった。


「(さっきまでの目と全然ちげーじゃん…)血操るわ、傷治すわ…お前本当に人間かよ」

「…」

「人間です」

「は?」「! スズ…」

「文月は人間です。文月のことも力のことも、何にも知らないくせに…彼のこととやかく言わないで」


突然前に出て来たかと思えば、さっきまでのおどおどしていた表情から一変…

文月が見せた目と同じ温度の視線を旺猟に向けたスズは、静かながら怒りで満ち溢れていた。

小刻みに震える手を文月に握られ、軽くポンポンと叩かれると、憑き物が取れたようにスズはハッと幼馴染の方へ顔を向ける。

彼女と視線を合わせた時の文月は、元の落ち着いた空気を取り戻していた。


「じゃ、邪魔してごめん…!」

「(こいつら、お互いのことになると同じ目すんだな…)まぁいいや。お前、俺らが都の襲撃犯かどうか気にしてたな。

 人間のくせにこの俺をぶっ倒したんだ、褒美に色々教えてやる。神器が秘める力の噂はここらの妖の間で出回ってて、俺らの耳にも入ってきた。

 だが直接盗みには行ってねぇ。俺らは都から逃げてきた妖共から神器コイツを奪った」

「神器を盗んだ妖とは仲間じゃないってこと?」

「そういうこと」

「都を襲ったのも貴様らではないということか」

「行きたかねーよ、あんな所。どこもかしこも陰陽師の結界まみれじゃねーか。まぁその日はすんなり侵入できたらしいけどな」

「(…それがわからぬ。都の結界は、全ての陰陽師の技を結集させた結界術式。そうやすやすと破られる代物ではない)」

「(その日だけ術式を弱くしてた?でもそんなことができるのって…)」

「あ、そうだ。最後にとっておき」

「「!」」

「神器の話を妖達俺達に教えたのは…人間だって話だ」


"とっておき"と言うに値する発言に、スズと文月は揃って目を見開く。

緊張した面持ちで視線を交わせば、互いの考えを少しだけ共有できた気がした。

と、そこへ別れて戦っていた仲間が戻って来る。


「!」

「スズー!!」

「嵐丸、白露!良かった…!」


スズを見つけた途端、一目散に飛びついてくる嵐丸。

彼を優しく受け止めながら白露へ笑みを向ければ、彼もまた同じように相好を崩した。


「お前らが来るってことは…伴猟も…やられちまったか……あーあ…かわい…そうにな…伴…猟…」


そう言いながら、旺猟も弟と同じ場所へと旅立って行く。

あとに残されたのは、神器の1つである"手甲"であった。

蓋を開けてみれば、2つで1つを成す神器を兄弟で取り込んでいたというわけだ。


「まずは1つ回収だね」

「あぁ。あと9つだ」

「先は長そう…」


"ね〜?"と嵐丸に話しかけるスズだったが、文月が彼に向ける視線に気づき先を促す。

ビクッと体を震わせた幼き妖に、文月はゆっくりと言葉を紡いだ。


「安心しろ。お前の首を取るのはやめた。…その代わり協力をしろ、余の神器集めに」

「はぁ!?なんでおいらが…!」

「"神器を取り込んだ者は他の神器を探知できる"…どの道お前はこの先、他の神器持ちから狙われる立場となったのだ。

 1人になれば即首を取られるぞ。だが余に協力する限りは、お前を守ると約束しよう」

「(やっぱり大嫌いだこいつ…!)」

「それに…スズとも共に過ごせる。悪い話ではあるまい?」

「大丈夫。文月も白露も強いから、ちゃんと嵐丸のこと守ってくれる」

「スズ…」

「今嵐丸を1人にしたら…私、心配で寝れないよ。だから一緒にお城に帰ろ?」

「…スズが一緒なら」

「うん!」

「そういうわけだ。子守は任せたぞスズ、白露」

「うわ〜やっぱり丸投げだったね」

「想定通りだ」

「ふふっ。出雲にも協力してもらわないと!」

「そうだな。あいつはこういうことが得意そうだ」


嵐丸の頭を撫でながら、楽しげに会話を続けるスズと白露。

だが穏やかな3人とは裏腹に、文月の顔は至って冷静だ。


「(全ての神器を集め終えたその時は…こやつの頭蓋を砕き、最後の神器を貰えば良い)」







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