自慢の露天風呂へ浸かり、1人考えを巡らせる文月。
気持ちの良いお湯とは裏腹に、彼の表情は浮かないものであった。
スズが声をかけてきたのは、それからすぐのこと。
「文月ー!手拭い置いとくからねー!」
「…スズ」
「ん〜?」
「こちらへ来い」
「えっ!な、何で?」
「何でもだ」
「…お湯の中入ってる?」
「入ってる」
その言葉を受け、スズはそーっと露天風呂の方へと歩いて行く。
2人は幼馴染という間柄だが、当然の如く裸の付き合いをしてきたわけではない。
故にこういう場面では緊張の度合いが増すというわけだ。
風呂に浸かる文月の傍へ膝をつくと、彼は物憂げな顔でスズを見上げた。
「何かあった?」
「…俺が今考えていることを共有したいと思ってな」
「考えてること…」
そうして文月は自身の考えを話し始める。
神器に秘められた真の力…これを知っていたのは朝廷の中でもごく僅かな人間のみ。
旺猟の話を信じるなら、その中の誰かもしくはそこと親しい人間が妖と通じていることになる。
そしてもう1つ。都襲撃時の結界の弱さについて…
「私もそこは気になってた」
「…内側から何者かの工作があった可能性は十分に有り得るだろう」
「やっぱりそうだよね…いち妖がどうにかできる問題じゃない」
「あぁ。裏切り者…か」
「…嫌な言葉だよね」
ポツリと言葉を漏らしながら、スズは悲しげに下を向く。
2人の間をスーッと冷たい風が通り抜ける。
その時、また新たな声が風呂場に聞こえてきた。
「主さま、スズさま」
「霞か。どうした?」
「お二人でお寛ぎのところ申し訳ありませぬ…その…急ぎのご報告がありまして」
「良い。此方で話せ」
「はっ!ふぅー…」
「霞、大丈夫?」
「疲れているな。補給が必要か?」
言いながら文月が差し出した指に噛みつくと、霞は美味しそうに血を飲んだ。
一瞬にして元気になった小さき仲間を、幼馴染コンビは穏やかに見つめる。
が、霞が運んできた内容は今の雰囲気とは真逆のものだった。
「朝廷からお呼び出しが…」
「えっ」「!」
「明日正午、取り戻した全ての神器を持ち朝廷へ赴くようにと。恐らくあの童の存在も朝廷内に知れ渡っています…」
「そんな…」
「…はっ。余を見張っていたか。回りくどい…あの老いぼれ共がやりそうなことよ」
「(主さま…)」
「"承知した"とお伝えしろ。白露達にも話をしておけ。それが終わったらお前も休め」
「はっ」
霞が去った後、風呂場は静寂に包まれる。
訳あって、文月は朝廷と折り合いが悪い。
その相手から監視されていたとあれば、気分を害するのも無理はないだろう。
大切な幼馴染が嫌な思いをしていることに、スズもまた心を痛めた。
先程よりも俯き悲しそうにしている彼女の顔へ、文月は不意に少量のお湯を飛ばした。
「ちょっ!な、何するの…!」
「スズが随分変な顔をしていたからな」
「失礼な!そんな顔…してない…」
いつもの元気はどこへやら…尻すぼみに声が小さくなるスズに文月は笑みを漏らす。
そして彼女の手に、そっと自分のそれを重ねるのだった。
「! 文月…?」
「俺は大丈夫だ。心配せずともすぐ帰って来る」
「…無傷で、だよ」
「当然。あんな老いぼれ共に俺がやられるわけないだろう」
「うん…!そうだね」
「戻ったら、お前と月見酒がしたい」
「じゃあとびっきりのお酒とおつまみ準備しておくね!」
「あぁ」
明るさを取り戻したスズは、文月の方へ満開の笑顔を向ける。
それから"長湯しないようにね"と彼の頭をポンポンと叩き、ゆっくりと立ち上がった。
「スズ」
「ん?」
「…湯から上がったら部屋へ行く。寝ずに待っていろ」
「あ、うん。お茶でも用意しておこうか?」
「いらぬ。…スズがいれば良い」
「わ、分かった…!」
幼馴染の妖艶な雰囲気に戸惑い、スズは少しヨタヨタしながら露天風呂を出て行くのだった。
続
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