文月の言いつけ通り、自室で本を読みながら時を過ごしていたスズ。
本当は出雲と一緒に嵐丸の一張羅を繕う予定だったのだが、城主様のお言葉がここでは最優先。
"何かあれば声かけてね"と謝罪し、スズは1人自室で待機する運びとなったのだ。
静かに時が流れること30分…
廊下を歩く足音が、スズの元へと近づいていた。
第7話 朝廷 ー前ー
湯から上がった文月は、幼馴染の部屋へ向かいながら今日のことを思い返す。
朝から妖が城内に侵入し、それに乗じて逃げた嵐丸を追いかけ、神器を奪った妖兄弟と出くわし、戦った結果無事に神器を回収…
1日のこととは思えないほど、濃密な出来事ばかりだった。
しかし彼の中で一番色濃く思い出されるのは、あの時のスズの表情と行動であった。
旺猟が文月に対し"お前本当に人間かよ"と言葉を投げかけた時…
黙り込む彼に代わって、それまで後ろに控えていたスズがサッと前に出てきた。
"文月は人間です"と強い口調と眼差しで告げた彼女からは、幼馴染を護るんだという強い意志が溢れていた。
「(俺への負の言葉に対する態度は、昔から少しも変わらんな…)」
自身の特殊な生い立ち故、幼き頃より何かにつけ陰口をたたかれることが多かった文月。
とある大きな事件以降は、より悪意に満ちた罵詈雑言が彼の耳に入って来た。
そんな時、いつも傍で彼を護ってくれていたのがスズであった。
もちろん武力行使ではない。目には目を歯には歯を…口には口をだ。
"文月が貴方に何かした!?"
"文月のこと何も知らないくせに…!"
"根拠のない言葉で文月を傷つけないで!"
そんな強く優しい言葉を、文月は何度となくスズから貰ってきた。
彼女の口から出る言の葉は、冷え切った文月の心を温め、元の状態へと戻してくれる。
それは年を重ねた今も変わらない。
昔も今も、スズの言葉は文月の…文月だけの宝物だった。
そうして物思いにふけっていても、彼の足はピタッと正確にスズの部屋の前で止まる。
室内で灯している火を受けて、障子に浮かび上がる幼馴染の姿。
交わした約束を守り、起きてくれている彼女が愛おしくて堪らなかった。
「スズ」
「あ、文月!いい…」
"いいお湯だった?"
そう笑顔で問いかけようとしたスズの言葉は、途中で止まってしまう。
障子を開けた文月が膝をつき、座っている彼女を後ろから抱き締めたからだ。
まだ熱い体と少し濡れた髪、湯上り着からほんのり漂ういい香り。
抱き締められている状況と相まって、スズの心臓は一気に心拍数を上げた。
「ふ、文月?どうしたの?」
「…」
「(…あ、そうか!癒せってことかな)文月、膝枕しようか?それとも肩とかもむ?」
「…いらぬ」
「えっ」
「膝枕もほぐしもいらぬ。ただ傍にいてくれれば良い」
「文月…」
「こういうことができなくなるから…スズとあの童を同じ部屋にするのが嫌なんだ」
そう言って腕の力を強める文月。
珍しく幼い物言いに、スズはドキドキも忘れ笑顔を見せた。
「何を笑っておる」
「ん?相変わらず我儘だな〜と思って!」
「…うるさい」
「ふふっ。あのね、いらないって言われたけどお茶用意したんだ。少しだけ一緒に飲まない?」
「…飲む」
スズを解放し隣に座った文月は、彼女が差し出したお茶を口へ運ぶ。
最適な温度で抽出された茶の味や香りを楽しみながら、2人は穏やかな時間を過ごすのだった。
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スズが湯呑などを片づけて部屋へ戻って来ると、文月が寝床に横になっていた。
てっきりもう自室に帰っているかと思っていただけに、目の前の光景を受け入れるのに時間がかかる。
呆然と立っているスズに対し、幼馴染は寝転びながら"遅かったな"などと言ってくる始末。
「あ、うん。明日の支度も少しやってたから…っていうか、文月」
「ん?」
「そこ私が寝るとこなんだけど…」
「知っておる」
「部屋戻らないの?」
「…今日はここで寝る」
「えっ!じゃあ私はどこで寝るの!」
「ここに決まってるだろ」
自分の横をポンポンと叩く文月に、スズは赤くなりながら首を横に振った。
しかしいくら"緊張するから無理"と訴えても城主様は聞く耳を持たず、しれっと掛け布団代わりの着物を肩まで上げて寝る態勢に入る。
もう一組寝床を準備するか部屋を移動するか迷っているスズを横目で見ていた文月は、不意に彼女の手をギュっと掴んだ
「ん?文月…?」
「そんなに嫌か?共に寝るのは」
「嫌とかじゃなくて、ドキドキするから…!」
「……スズの傍にいたい」
視線を外しながらそう呟く文月は、普段の天邪鬼っぷりが嘘のように素直で…
スズの中にある母性をこれでもかというほど刺激した。
「…今日だけだからね」
「それは俺が決める」
「なっ…!さっきの儚げな文月はどこ行ったのよ…!」
「ふっ。早くこっちに来い。もう寝るぞ」
グイと引っ張られ、スズはいつもより狭い寝床に体を横たえた。
と、上掛けの着物の下で文月が手を絡めてくる。
驚いて横を見ると、そこには反対側に顔を向けたままの彼がいた。
"傍にいたい"
口ではいろいろ言いながらも、それが彼の本音なのだ。
やっぱり素直じゃない幼馴染を可愛く思いながら手を握り返せば、文月の肩がピクッと反応する。
そして少し顔と頭を自分の方へ寄せて目を閉じる彼に笑顔を向けてから、スズもまた心地よい眠りに落ちていった。
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