Chapter3


俺は矢内を抱き寄せた。
いつもなら拒否するくせに、何でこんな時に限って何で素直になんだよ、畜生。
珍しく矢内からもぎゅうと抱きついてきた。
「恐山わたしは何で殺さないといけないんだろう」
その声が、まるで今から絞め殺す相手に問いかけているようで、少し怖い。

矢内は――昔みたいに、四六時中脆い奴じゃなくなった。
今じゃ自傷やこういう状態になる回数は減ったと思う。
だけど、減った分、どんどん重くなっている気がする。
俺は矢内に求められるまま、口唇を赦した。
矢内とのキスは、もう何度目か分からない。
回数を覚えていれば、何度目のキスは……って戯曲の一つみたいに、人生語れただろうか。あれはついに大好きな人と結ばれず、墓荒らしまでやって隣で自害して果てた、哀しい老人の話だったけど。
ファーストキスの味はなんてよく言うけど、好きな人とのキスはいつも微かに甘くて――ほんとうに杏のような味がする。

梅園先生、あんたにだったら矢内を治せますか?

俺は医者なんて信じてないけど、もし治してくれるって言うんだったらなんだってする。土下座しても構わない。
ああ、でも駄目なんだ駄目なんだ矢内は。
昔、馬鹿だった俺が矢内は普通だなんて言ったせいで、矢内は今でも自分は普通なんだって俺に言い張って耳を貸そうとしない。
それだけ嬉しかったってことなんだろうが。
今回も、このひよこ共を早く殺さなきゃいけないと思いこんでしまってるみたいで、俺にはどうもその辺りの矢内の思考の飛躍が理解できない。どうしてこの手の人間は自分で自分を手も足も出ないようにギッチギチに縛ってしまうんだろう、矢内ってマゾなのかな? あははは、いまいち否定できなくて可笑しいったらない。
――けど今は、笑うのもなんか面倒だ。
このまま矢内に犯されてやってもいいかなと思うくらいには。



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