Chapter3


七階建てのマンションの最上階、一番奥の部屋が七瀬の部屋だった。もう外は真っ暗。
こんな夜分に、知り合いとは言え男の部屋を訪ねるのは少し抵抗があったが、居場所すらないよりはましだ。
呼び鈴を押す。
「はーい、お待ちどー……」
七瀬は大きくドアを開いた。
そしてそこに立っているわたしを見て、目を丸くした。ありれマジだ、と。まるで幽霊でも見たかのように。

まるで幽霊でも見たかのようだと思ったのは、強[あなが]ち間違いではなかった。
ばたばた部屋を片付けたという七瀬は、わたしに温かいお茶を淹れてくれ、ソファに座らせた。
自分は机の椅子に逆向きに座り、背もたれを抱き締めて、冷静に聞いてね、と念押しした上で、わたしを指差し
「お前はもう死んでいる!」
と告げた。
「……」
今度黙るのはわたしの番だ。
七瀬は恥ずかしそうにこほんと咳払いを一つ。
「――まぁ冗談じゃなくてね、俺たちの知ってる矢内は高校に入ってすぐ死んじゃったんだよね。交通事故。実に呆気なかった」
「……え、」
何を言っているんだ、と口を挟みたかったけれど、七瀬は手でそれを制した。
「続き、聞いて。俺は勿論、恐山は文字どおり死ぬほど落ち込んだ。見てられなかったよ。
やっと少し立ち直って、高校を卒業するって時になって、今度は弟の葵ちゃんが死んだ。恐山は卒業式にも出なかった」
「……それは」
本当ならばこれ以上なく悲惨な話だ。
「俺は流石に、ボロボロの恐山を置いて県外には行けなかった。
……そっちの俺はどうしてるの?」
そっちの俺――七瀬は何でもないように問うて来た。
わたしもゆっくりと事態を飲み込みながら答えた。
「こっちの七瀬はな、県外の大学に進んで地元には盆正月しか帰って来ない。
中学から言ってた夢を叶えて、優良企業わっしょいだな」
「ああ、そんな人生もあり得たのかー!」
と七瀬はオーバーリアクションで悔しがる。
「ごめんな、わたしが死んだせいで」
「まぁいいよ。今の、親友が近くにいる人生もなかなかのもんだ」
誰にも遠慮させない笑顔できっぱりと断じる。



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