chapter6


先生の前で、際どい発言をしたこと。先生とわたしの恋愛相談に同時に乗っていたらしいこと。
言いたいことは幾つかあった。
「やっぱ、逃がしてくれないか」
「当たり前でしょ」
と言いつつ、そんなことは些細なことだった。
部屋から少しでも離れようとして早歩きのわたしに、恐山は息も切らさず付いてくる。
「悪いけど」
と言って、恐山はわたしの手を振り切った。
「悪いことしたとは思ってない」
振り返ると、恐山は真剣な顔をしていた。
「初めから……分かってて好きだったんだろ?」
「……」
「玲衣の気持ちは知ってた。けどだからって玲衣に有利になるように、谷川に何か吹き込んだりするのは違う」
「馬鹿にしないで、それくらいの道理は分かってる」
「だったら、」
「分かってるよ」
「何で、泣いて」
「分かってるって言ってんでしょうがっ!」

仕方ないじゃない。ずっと、好きだったんだもの。
ずっと自分の支えだった、憧れだった人に、出会えたんだもの。
少しくらい、舞い上がったって仕方ないでしょう――?

「えぐ……う……」
ぼろぼろ泣きながら廊下のど真ん中で座り込んだわたしに、やれやれと恐山が呆れ果てた気配がした。
「……ここじゃ迷惑だ」

どこをどうされたのかは泣いていたから分からない。
ただ、抱えられた覚えはないから、わたしは恐山に支えてもらいながら、自分で歩いたのだろう。
小さなホールのソファに座らされた。
「はい」
と恐山は、ポケットから町中で配っているようなティッシュを出してわたしにぽんと手渡した。
しばらくわたしの前にいて、床にしゃがんでいたけれど、頭を掻いて立ち上がった。一人で帰るのかとも思ったけど、恐山はそのままわたしの隣に腰掛けた。
「泣き止めよ、俺の分も食べてもいいから」
そう言って、紅葉饅頭を手渡された。
「いいの……?」
「ああ、持って帰ってやろうかって思ってたんだけどな」
それを聞いてまた涙が出てきた。
「だから、何でここで泣くんだよっ」
恐山は突っ込んできたけど、恐山には分からないだろう。
「ごめん……」
っと言って両手で、泣き顔を覆った。



- 24 -

*前n | 戻る |次n#

ページ:

*