chapter7


あのね、俺はね、諦める必要なんて、どこにもないと思うの。
相手が誰を好きでも。
恋人がいようが、結婚してようが。
だってそれで相手のこと気にせずにいられるなら、そんなのは好きって言わないし。
苦しくても、辛くても、悔しくても、相手のことを思い続ける覚悟さえあれば、いつか奇跡みたいに結ばれることがあるかもしれないだろうが。
勿論、かもだよ。そうまでして思っても、届かないし報われないことだってある。
……ていうかそれが殆んどだろ?
でも、だからって不幸? 俺は人を好きになるって、見返りを求めることじゃない気がする。

わたしが泣きやむまで隣で、恐山はわたしを落ち着かせる呪文のように喋り続けていた。
落ち着いたわたしは、
「……恐山はそんな恋してるの?」
こぼれるように呟いていた。
恐山は黙り込み、日が暮れてしまうかと思うほどたっぷり間を取った後、
「……笑えば?」
と言った。
わたしの方を見やしない。ちらっと窺える頬は赤かった。
「笑わないわよ」
と言いつつ、わたしは声は立てずに笑ってしまった。そっぽを向いてる恐山は気付かないだろう。
いつもつけ込む隙がないけど、可愛いところもあるんだなって。
同時に恐山にそこまで思われている人が、羨ましいと思った。
「辛かったでしょ?」
「何が?」
「わたしと先生の話、同時に聞いてたとき」
フェアに応えようとしたに違いないコイツは、さぞかし悩んだことだろう。
「言いたいことを言わずにおくからあんたは変に陰湿になるのよ」
「……何だよそれ」
「辛いときは辛いって言いなさい。自分は曲げないわ、見返りは求めないわってそれもうただの自爆よ。だからあんたぶちって切れるの」
……勿体ない。
恐山って笑った顔は、とても可愛いのに。
「――ねぇ恐山、あんたって実はどういう人なの?」
「それを知ってるのは、この世に一人だ」
それを聞いてわたしは、その一人が本当に羨ましいと思ってしまった。

「お母さん、なんて言わないわよね?」
「誰がマザコンだよ……俺の話はいいんだよ。お前はもう、大丈夫そうか?」
「うん」
あとでまた、一人で泣くと思うけど。
大丈夫。
強くなれる気がした。
そんな風に、生きてる奴がいるんだって思うだけで。

「正直、勝ち目あると思う?」
「…………………………いいや」
「……う、」
「あああ、もうっ。即答した俺が悪かった!」

ああ。
わたしの周りは素敵な大人ばっかりで、素敵すぎて涙が出て来る。



いろはにほへと 了




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