chapter4


「たとえ話で行こうか。その人がどうしても宝石が欲しいっていうよね? その人は値札を見れません。でも、とーってもキラキラしててきれいだから、ちょっと高いんだろうなぁって分かってる。君は値札が見れる。手持ちで足りないことはない、でも、買ってしまうと正直苦しい。恐山君、どうする?」
「んなもの買うわけ、いや……買うかも、しれませんけど」
若干、しどろもどろになりながらも、恐山君は答えてくれた。
「その時、相手にはなんて言う? 高いって愚痴りながら買う?」
「いいえ、男に二言はないでしょう」
「そ」
男らしいなと思うけれど、これはそういった話ではない。
「彼女はとても喜びました。で、次会ったときも、それが欲しいって無邪気に言うんだ。さ、どうする?」
「そんな奴じゃ」
「――これは宝石の話でも、お金の話でもない。さて、どうする? 無理をしてでも“買ってあげる”?」
黙ってしまった恐山君は、やっとこのたとえ話の、いやらしさが分かって来たみたいだった。
「……なるほど」
と言ったきり、考え迷い込んでしまった。
揺れるバスの車内でわたしはシートにすっかり身体を預けて訊いた。
「意外と献身的みたいだから、買い続けてみようか? 君は買い続けました――お金が底を突きました。相手はなんて言うと思う?」
「……“ごめんなさいわたしのせいだ”」
ちょっと頭を抱えてしまったのに違いない恐山君は、ゆっくり絞り出すように言った。ため息のような言葉は、そっくりその人が言っているようにも聞こえ――他人事だけどほっとした。
少なくとも、金の切れ目が縁の切れ目だと言って、去っていくような人と、付き合っているわけではないらしい。もしもそこであっさり関係を切られる想像しかできないんだったら、そもそも付き合い自体を考え直してみては? と言うところだった。
ま、そんな人だったら、初めから恐山君と十二年も続くわけないか。
「でも、あいつのせいじゃない。俺が、そう、したかっただけで」
「――そうやって君が潰れてしまったとしたら、彼女はどう思うだろうか」
恐山君は目を閉じ、そして言った。
「先生、ちょっと意地悪ですね」
「ねぇ君がうちに運ばれてきた経緯って」
こんな話を聞けば、痴情のもつれだったとか? そんなことも考えられる気がしたが、
「あいつは関係ありません」
庇っている様子もなく、恐山君はきっぱりと断言した。
「じゃ、うちに入院したことは?」
「風邪をこじらかしたと言ってあります」
「本当のことを知ったら彼女は?」
恐山君は言葉に詰まり、青くなっていった。
「――……阿鼻叫喚ですね」
と冷や汗を流しながら言った。
わたしは、笑ってしまった。なんていうか、恐山君が思っていたよりずっと素直だったから。
「君、学校の授業は大人しく聞いてたでしょ?」
「立派な模範生でしたよ」
ふん、と蹴散らすようにはなを鳴らす恐山君。
そうか。
その態度は自分を守るための殻か。

僕は彼について何も知らないけれど、何となく想像できる気がした。重い責任感と暗い秘密主義。

そうして誰からも、見落とされやすかったんだろう。



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