彼岸花の幻想

 その後、街中を散策していたらしいポルナレフと合流し、三人はそのまま昼食を取ることとなった。適当に入った屋台でポルナレフが次々と注文していくのを花京院がそれを引き止める様子を見ながら、千里は先ほどの花京院の言葉を思い出し、すぐに頭から追い払う。考えるだけ無駄であることも多い。花京院がそれを望むならばそれで構わないが、さほど興味もない。わかりあうことの無駄と手間を考えれば、自分からそれを行う必要性はないと判断していた。
 ポルナレフのせいで三人分にしては多い品数を腹に収め、次は千里の買い物をすることとなる。ジョセフには夕食に間に合えばそれまで自由行動でいいと言われていたため、時間はかなりあった。ほとんど買うものはない千里であったが、昨日の家出少女の色彩センスが気に入らなかったのか、自分が替えの服を一揃え選んでやるとポルナレフがいきり立つ。そして女性の旅にはなにかと必要なものが多いだろうと、昨晩千里の部屋を見た花京院までもがポルナレフに同調したため、千里は黙って二人に従うことにした。どうせジョセフの金なのだからと思えば止める必要もなかったからだ。いらないものを買いそうになったら止めるか、後で捨ててしまえばいい。

「そういやあ、千里も学生なんだよなァ?」

 何気ないポルナレフの一言に千里はわずかに視線をポルナレフに向けたが、すぐに戻した。今の千里の服装も学生然としているが、元々の服装がセーラー服であった。それがどこの学校の制服であるかなど花京院はもちろんわからなかったが、自分たちと同じ高校生なのだろうとは思っている。ただ女性に年齢を尋ねることは失礼であると思っているし、いくつであろうと気にするほどのことではないと思っている。

「承太郎や花京院もそうだけどよ、日本の学生ってのはみんな可愛げのないもんなのか?」

 ポルナレフは千里からの返答を期待したのだが、千里はそのアルトを発することすらなかった。それはまるでポルナレフの疑問に対する興味など微塵もないと言っているようでもある。ポルナレフは千里を見下ろしたが、見えるのは自分と花京院の間を歩く千里のつむじばかりだ。ティーンの女の子にしてはあまりにも子供らしくなく、かといって大人びているという言葉も似合わない千里は、どこか浮世離れしているようにポルナレフは感じていた。自分が同じ年頃のころとは似ても似つかない。どうすればこんなにも虚無的になるのだろうかとも疑問に思っていた。
 しかしそんなことを気にするようなポルナレフではない。フランス人の気質か、お互いを理解し親密さを深めていきたいと当然のように思うポルナレフは、純粋に千里という一人の人間を知りたいと考える。承太郎やジョセフ、花京院、アヴドゥルとは香港から旅を共にしていることもあって、そこそこ理解できていると自負しているが、中途から加わった千里は必要以上に喋ろうともしないし周囲と関わろうともしないために未知の部分が多い。メンバーの中でもっとも女性好きであることも起因しているのだろう。フランス人の性と相まって、彼の興味が自然と千里へ向けられることは当然のことであった。

「まだまだ青臭えガキなんだからよ、もっとガキらしく自己主張したっていいんだぜ」
「それは違うなポルナレフ。承太郎も千里も大人びていると言うんだ」
「大人びてるだァ? おれから言わせりゃあ生意気なだけだがな!」

 豪快に笑い声を上げるポルナレフに花京院は眉をしかめた。ポルナレフはときに軽率と呼べるような言動をする。本人に悪意はまったくないのだが、それを相手がどのように捉えているのかまで考えていない。真面目に怒ったところでジョークだと言われてしまうのがオチであろう。そんな些細なことでも、思いやりの気持ちが人一倍強い花京院は気になってしまう。平時ならば流してしまうこともできただろうが、この場に女性がいるという現実が花京院にそうさせなかった。フェミニストであるために、自然と千里を慮ってしまうのである。

「女なんだからもっと我儘言った方が愛嬌があるってもんだぜ。男はそういう女の姿に弱いってもんだ」
「……ポルナレフ、いい加減にしないか」

 花京院が諌めるも、それで収まるような性格ではない。女について語り出すポルナレフに小さく溜め息を吐き出しながら花京院はちらりと千里に視線を向ける。ポルナレフの言葉に気分を害したどころか気にも留めていない以上に聞いているのかすらわからない。相変わらず顔を半分マフラーに埋め、千里はただ進行方向をまっすぐに見つめているばかりである。
 花京院は千里のような性格の女子に出会ったことがない。同学年の女子は大抵が群れて行動しており、グループ独自の規範に従ってそこからはみ出ないようにしている。目立つ女子はやはり目立つ女子同士つるんでいる。全員が全員同じようだとまでは言わないが、それでも千里のような女子はいなかった。さばさばとした男勝りの女子はいた。しかしそれでもどこか女という性別を匂わせている。どんな女生徒だって確かに女であったのだ。しかし千里はその服装こそ女であるが、それ以外に女を匂わせる要素がなかった。男装をしても違和感はないだろう。服装を改めれば性別不詳と言われてもおかしくはない。それほどまでに千里は花京院の知る女性像とはかけ離れていた。
 女性は守るものだと認識しているのはポルナレフも花京院も同じだろう。おそらく承太郎もジョセフもアヴドゥルも同様の認識を持っていはずだ。男よりも小柄で力も弱い女は守るべきものであるはずなのである。それは遥か昔、男が狩猟をし、女が家を守るという太古からの認識が体に染み付いてしまっているようなものだ。

「――だからよ、千里ももうちっと隙を見せてだな。ときたま隙を見せるってのもまた男心をくすぐるんだぜ」

 いつの間にか千里の肩に手を回し、ポルナレフは雄弁に語る。いささかボディタッチ多いが、千里は気にする素振りすら見せない。無遠慮な手を容赦なく叩き落としたところでまったく問題はないとわかっているだろうに、千里がその選択肢を選ばないのは文字通り気にしていないからなのだろう。これが文句の一つも言えない気弱な女だったら話はべつだ。しかし千里にとってそれは些末なことであり、気にすることすら無価値なのである。
 しかしポルナレフのどの言葉が心に引っかかったのか、そのときの千里は珍しく自分から口を開いた。

「――守られるなど、甘えにすぎない。弱者は足手まといになるだけだ」

 しかしなにを思ってそれを言ったのか、花京院にもポルナレフにもわからない。即座にポルナレフが反論するも、すでに千里の耳には届いていないようであった。寸分も動かない頭部は常に前へと向けられている。
 ポルナレフが千里を論破しようと一人躍起になっている一方で、花京院は酷く冷えきってしまった思考の中で千里の言葉を反芻していた。まるで自分のことを言われたように感じたのである。DIOに屈したという負い目を花京院は抱いている。次は屈しないと心に誓っていても、実際DIOを前にしたとき本当に屈せずにいられるのか自信がなかった。そのためか、どこまでも揺るぎない強さを見せる承太郎に憧憬し、尊敬の念を抱いている。承太郎の強さはそのスタンドにも表れているように、単純かつ純粋な強さである。なんだかんだ言いながらも家族思いで揺るぎない信念と優しさを持っていおり、これ以上に不純物の混ざっていない強靭で純粋な強さも他にはないだろうと花京院は思っている。しかし千里にはそれが見出だせない。確かに強い精神を持ってはいるのだが、花京院にはどうしてもそれが純粋な強さには見えなかったのだ。鋼の精神ではなく、凍りついた精神とでも言うべきか。元々強かったとしても、言葉の端々からなにかのきっかけを得て今の千里という人物像を形成したようにしか思えない。

「人は誰だって弱い部分を持っている。それでもきみは弱いことを罪と言うのか?」

 無意識に花京院の口から飛び出した質問はあまりにも無意味なものだった。未だ花京院は自覚していないが、異性ながらも自分が持っていないものを持っている千里を意識している。無駄なことと思いつつも、自然に自分自身と比較してしまうのである。対極とまでは行かずともそれに近い立ち位置にいるためか、またはそう思い込んでしまっているためか、千里を意識せざるを得ないのだ。

「思い上がりもほどほどにしろ」

 そのアルトボイスは喧騒の中でも不思議とよく響いた。静かな声だったにも関わらず不思議と有無を言わせぬ響きがあり、さすがのポルナレフも押し黙る。千里の言葉はいつだって単純で明快だ。必要最低限しか口を開かない代わりに必要なものはすべて短い言葉に込めて発する。しかし言葉の意味を説明することなどなく、受け取り方によってはいかようにも解釈できた。たった今千里が発した言葉もまた同様に、花京院に対してのものとも取れると同時に千里が自分自身に言い聞かせているようにも捉えることができる。結局その真意はいつも千里一人にしかわからない。
 その後結局買い物をするような雰囲気ではなくなり、千里の服を見繕うと言っていたポルナレフも意気消沈したのか途中で別れてバーに入って行ってしまった。残された花京院は荷物を抱えたまま千里と共にホテルへ戻ることにした。