魔弾の射手

 千里と花京院がホテルに戻ってしばらくしてから承太郎と家出少女がホテルに戻る。傷だらけの承太郎の様子から敵のスタンド使いに襲われたことは一目瞭然であった。どのような敵だったかについては家出少女が身振り手振りを加えて必死に伝えようとしていたが、結局は承太郎が要点をまとめて簡潔に説明する。そして敵の何人かのタロットの暗示について情報が得られ、その中にはポルナレフが追っている男もいることを話した。当然ポルナレフは色めき立つ。なんのことだか知らない千里は花京院から事情を教えられた。殺された妹の仇を討つために左手が右手の男を探している。ああ、そうなのか。千里の抱いた感想はそれだけであった。
 敵の襲撃を警戒して夕食はホテルのレストランで取ることになる。家出少女はホテルのレストランなど堅苦しくて嫌だと、勝手にどこかへ行ってしまった。部外者がいなくなったとこれ幸いに、話は自然と敵についてや明日の話になる。やはり千里は黙って聞いているのみであった。
 一同が食後のコーヒーを啜っているとき、アヴドゥルがおもむろにカップをソーサに置いた。アヴドゥルからの視線を感じ取った千里は、わずかな揺れで水面に波紋を作るコーヒーカップから目を上げる。アヴドゥルは口元に小さな笑みを作った。

「千里、わたしは占いが本職だ。ここできみの運命を占ってみようと思うんだが、いかがかな?」

 その問いかけに千里は相変わらずの無言を貫くが、それが肯定と捉えていいのだと皆は理解していた。アヴドゥルは一組のカードを取り出し、一番上のカードの絵柄を千里に見せる。二十一枚一組、タロットカードだ。千里はそれにわずかに視線を落とし、すぐにアヴドゥルに戻す。瞳に感情が含まれていずとも、なにを問いかけているかなど明白である。アヴドゥルはテーブルにカードを広げて軽く混ぜながら口を動かす。

「タロットはきみの運命やスタンドを暗示する。これから引いてもらうのは、きみにとって大事なカードだ」

 アヴドゥルはカードを綺麗に並べ、千里に一枚引くように勧めた。千里は黙って手を伸ばし、一番近場にある一枚を取る。絵柄を確認することなくそのまま表に返し、皆に絵柄が見えるよう再びテーブルに置いた。一同の視線が一枚のタロットカードに集まる。描かれているのはラッパを吹く神のすがたと石棺から起き上がる人々。そして――逆位置。

「審判、しかも逆位置か……」

 自然とアヴドゥルの眉間に皺が寄る。どのような意味を持っているのかとジョセフが尋ねるも、アブドゥルは渋い表情のままそのカードを睨みつけていた。
 審判のカードはそれ自体が最後の審判を示しており、人々が棺桶から出てきているデザインから再生を意味するカードでもある。そのため今までの行いの最終結果が出るカードとも言える。しかし千里の引いた審判のカードは逆位置だ。そして逆位置の審判のカードが意味するものは完全な終焉、犠牲、無謀。他には犠牲だけを払わされる、希望が潰える、悔いの残る結果などあまりいいものとは言えない。意味をそのまま解釈すれば、千里の行いは報われないと取ることができる。千里はDIOに借りがあると言っていた。それがDIOを倒すことにつながるのであれば、千里の意志は成し遂げられないことになる。つまり、最悪の結果を暗示しているとも取れた。

「アヴドゥル? どうしたんじゃ?」
「……審判は後戻りしない最終的な決断を表すカードだ。焦りは禁物ということだが、千里。きみは常に冷静そのものだから心に留めておく程度でいいだろう」

 タロットの解釈は何百通りもある。答えは必ず一つではないのだ。そのためアヴドゥルはカードの持つ意味を拡大して解釈した。嘘は告げていない。拡大解釈もまた真実を孕んでいるからである。
 千里はガラス玉のような瞳でじっとアヴドゥルを見つめたのち、静かに呟いた。

「――ありがとうございます」

 確信はなかったが、アヴドゥルは自身が隠した意味を千里は察していると感じる。なにを考えているかわからない、どこか茫洋とした瞳を持ってはいるが決して愚鈍ではないだろうことはなんとなくながら感づいていた。むしろ鋭すぎる可能性もあるのではないかと思っている。そのため必要最低限の言葉に留めることが可能なのではないかと。しかし本当のところは千里に聞いてみないとわからない。

「そうだ。千里、マスケット見せてくれねぇか?」

 思い出したように、千里の隣に座っていたポルナレフが口を開く。他人の占い結果にさほど興味を持たなかったようだ。それよりポルナレフが興味を持ったのは千里のスタンドである。花京院と戦った際に鈍器として利用した銃だ。

「ポルナレフ、お前が銃に興味があるとは珍しいのう」
「マスケットと言やあ、我が祖国フランスを含め、ヨーロッパで主流だった銃だぜ?」

 どれほどマスケットが素晴らしい銃かを熱弁するポルナレフを隣に千里は黙ってマスケットを発現させ、ポルナレフに手渡した。ポルナレフは感嘆の声を上げてそれを受け取る。正確にはシルバーチャリオッツの手がマスケット銃を受け取った。

「ほぉ……こりゃ大したもんだ。昔近所に住んでたスペイン人のじいさんが持ってたやつとまったく同じだ」

 何気ないポルナレフの一言にジョセフは瞠目した。最初ジョセフがそれを見てマスケットだと言ったのは、形状がマスケットに見えたからであり、詳しく鑑定したわけではない。スタンドの銃なのだから形は似ていてもオリジナルだと思っていたため、本物そっくりだと言ったポルナレフの言葉に驚いたのである。
 ジョセフの求めによって千里は今まで発現させたプラネット・スマッシャーズ――スナイパーライフル、サブマシンガン、リボルバー、スタングレネードである――を発現させ、未だタロットカードが広がるテーブルの上に置いた。一気にテーブルの上が物々しくなり、承太郎がやれやれだぜと溜め息を吐く。ポルナレフとジョセフが驚きの声を上げた。個室であったため周囲から数奇な目で見られることもなく、何事かと室内を覗き込んだ給侍も異常なしとすぐに顔を引っ込めたのは、卓上に並ぶ銃器がスタンドであり一般人の目には映らないためである。
 承太郎はスタープラチナの手を借りてリボルバーを取り、しげしげと眺める。本物の拳銃など留置所で馬鹿な警官からすり取った時しか見たことがなかったが、千里のそれはスタンドであることを除けば本物にしか見えなかった。シリンダーを覗けばちゃんと弾が込められており、安全装置を外せばすぐにでも発砲できる状態だ。触れているのだからこのまま撃てるのではないかと錯覚してしまうほどにリアリティーがある。

「こいつは凄い! ピースメーカーじゃあないか!」

 承太郎の手元を覗き込み、ジョセフが歓声を上げた。ピースメーカーと言えば西部劇の代名詞とまで言われるリボルバーである。西部開拓時代に使用されていたアメリカ製の45口径6連発リボルバー、コルト・シングルアクション・アーミーの通称であり、一時はアメリカ陸軍にも正式採用されていた代物だ。
 リボルバーに限らず、千里が発現させたマスケットもサブマシンガンもスナイパーライフルもスタンドの銃ではあるが、外形は間違いなく本物の銃だ。細部の構造まで完全に再現されている。

「千里、こいつは誰でも扱えるのか?」
「……さあ」

 承太郎の問いに対して千里が曖昧な返事をしたのは仕方のないことである。なぜなら千里はDIOと接触するまで他のスタンド使いと会ったことがなかったからだ。誰にも見えない銃の存在は千里にしか認知ができず、また千里以外が扱うこともなかった。そのため他の誰かがプラネット・スマッシャーズに触れることができると知ったのはたった今、この場でなのである。
 やはり最低限の返答しかしない千里に、アヴドゥルが助け船を出す。

「弾切れは起こすようだが、その場合はどうしているんだ?」
「弾込めの動作をすれば装填できます。ですがそれより新たに発現させた方が早いので」

 新たにリボルバーを発現させた千里は慣れた手つきでシリンダー開いて銃弾をテーブルに落とし、空になったシリンダーに銃弾の装填の動作をしてみせる。かちゃりかちゃりと小さな音をさせながら確かに新たな銃弾が装填されていく。テーブルに落ちた銃弾はいつの間にか消えていた。

「何丁でも無限に出せるのか?」
「銃も銃弾も精神力を具現化しているので、出した分だけ精神力を消費します」

 そう言いながらも何丁か銃器を出したにも関わらず千里はまったく疲労の色を見せていない。一丁一発にかかる精神力の消費量はさほどのものではないということだろう。
 それまで眺めているばかりだった花京院はふと一つのことに気が付いた。スタンドは生命力と精神力で出現する。プラネット・スマッシャーズはスタープラチナやハイエロファントグリーンとは違い、一つの形を持っておらず、また銃弾は消耗品だ。実際の銃器を考えればプラネット・スマッシャーズもまた消費型のスタンドであると想像できた。

「……待ってくれ。つまり銃を撃てば撃つほど精神力を消耗させるということじゃないか」

 花京院の指摘に一同の視線が千里に集まった。思い起こせば花京院との戦いで千里は二丁のサブマシンガンを扱い、しかも躊躇なくフルオートを選択し盛大に発砲していたではないか。どれほどの銃弾、もとい千里の精神力が消費されたことか。しかし千里は手の中のリボルバーを消しながら、こともなげにそれを肯定した。

「精神力の消費はさほど多くないから影響はない」
「だが限界はあるんだろう?」
「さあ。限界まで試したことがない」

 その口ぶりは本当にどうでもいいと言いたげで、またまったく興味がないのだと示唆していた。千里にとっては至極どうでもいい事柄なのである。限界が訪れるまで銃撃を続けるような戦い方をするつもりはなく、そのような稚拙とも言うべき戦術を千里は好まない。厚い弾幕を張ろうともそれは戦術の一環であったし、状況によって銃を使い分けるくらいのことは容易である。それにプラネット・スマッシャーズはスタンドの銃ながら命中率は銃の性能と使用者の腕前に依存するため、素人が闇雲に乱射すれば当然当たらない。ゆえに千里は自身の腕と戦況を把握し最善を考えながら戦うタイプである。
 しかしそのようなことをわざわざ口にするような性格であれば千里の人生は大きく違っていたことだろう。あいにく千里は必要なことを最低限しか話そうとしないために誤解が生じることも多々あったが、そのような細事を彼女が気にすることなど今までに一度だってなかった。