雷鳴と稲妻

 アヴドゥルが敵の凶弾に倒れた事実に動揺しなかったのは千里だけであった。動揺しアヴドゥルに駆け寄る花京院とは違い、眉一つ動かすことなく即座に二人の前に立ち、発現させたライフルで威嚇の意を込めて敵を撃つ。そして水溜まりの中にのみ映る男の存在に気付き、二発目を水溜まりに向けて発砲するも、銃弾はただ水を跳ね上げただけだった。アヴドゥルを撃った男を狙った銃弾も自由自在に動く弾丸によって弾かれてしまう。しかしいつでも対応できるようにライフルを構えたままだ。その鮮やかな手際に感心したのか、アヴドゥルを撃った男が小さく口笛を吹いた。男はホル・ホースと名乗る。

「なんだァ? DIO様の餌だった嬢ちゃんじゃねぇか」
「千里が、DIOの餌だって……?」
「スタンド使いだったから生き長らえたってえのによお……命は粗末にするもんじゃあねえぜ」

 ホル・ホースの軽口や花京院の反応を煩わしく思ったのか、黙れと言わんばかりに千里は引き金を引く。しかし曲線を描いて戻ってきたホル・ホースの弾丸がそれを弾き飛ばした。何発撃っても同様である。千里の銃弾は意思を持った弾丸の前ではただの鉄の礫であった。それでも千里はライフルを降ろさない。
 突然ポルナレフが千里を押しのけ前に出た。涙を流すポルナレフに、これは危ないと花京院は直感的に理解する。思う壺だとホル・ホースが深い笑みを浮かべた。

「ま! 人生の終わりってのはたいてーの場合あっけない幕切れよのォー。さよならの一言もなく死んでいくのが普通なんだろーねえー。ヒヒ……悟ったよーなこと言うよーだがよォ」

 ホル・ホースのそれが明らかに挑発であることは花京院や千里の目にも明らかであったが、怒りで我を忘れているポルナレフには冷静にそれを受け止め対処するだけの余裕などない。
 ポルナレフの背中を眺めながら千里は弾を撃ち切ったライフルを投げ捨て、アサルトライフルを発現させる。別名、突撃銃。中距離狙撃から至近距離戦闘まで一丁でこなせる能力を追求した銃だ。銃口をホル・ホースに向けたままじりじりと千里は後退し、アヴドゥルのそばに片膝をつく花京院に近付いた。

「援護する。退け」

 ガラスや水溜まりに映るJ・ガイルに向けて発砲しながら千里は呟く。敵のスタンドの性質がよくわからない上、激昂したポルナレフを連れたままでは分が悪い。勝てる見込みがない状態で戦うのは不利である。ここは一旦退くべきだ。千里の意図と自身の考えが一致していることに気付いた花京院は頷き、立ち上がった。ホル・ホースを睨みつけているポルナレフに鋭い声を飛ばす。

「ポルナレフッ! 相手の挑発に乗らないでください」

 まともに戦えるのが花京院と千里だけであるが、花京院はポルナレフを抑える役目があるため戦闘に参加するのは難しい。千里一人では敵二人の相手は荷が重い。少なくとも、千里の銃弾はホル・ホースに対して無力である。体勢を立て直すためにも一度退く必要があった。
 花京院が乗ってきたトラックを指差して一時撤退するとポルナレフを説得している間、千里はちらりと周囲を素早く見回し、J・ガイルの姿がないことを確認する。鏡に関係するスタンド使いだと承太郎から聞いてはいるが映るものならば鏡でなくてもいいと考えると厄介な敵だ千里は思った。鏡の代わりになるものなどあまりにも多すぎる。

「千里」

 一歩一歩じりじりと後退するポルナレフから視線を外さないまま、花京院は視界の隅に映る千里に声をかける。微動だにぜずスタンドを構える千里の姿はまるで石刻のようであった。はりつめた雰囲気は、花京院よりも小柄であることを忘れさせてしまうほどの存在感を放っている。そこには不思議な安心感があった。おそらくそれは千里が決して動じることがないためだろう、と花京院は頭の片隅で結論付ける。

「アヴドゥルさんを任せてもいいかい?」

 本当ならば三人揃って退きたいところだが、頭から血を流して倒れているアヴドゥルをそのままにすることはできなかった。ポルナレフを抑えられるのは花京院しかいないため必然的に千里が残ることになる。千里の性格からしてポルナレフを抑えるどころかそのような行為すらしないだろうからだ。

「ああ」

 千里もまた、自身が残ることが最善に近いと理解していた。自身のスタンドが通用しない敵だとわかっていても、ポルナレフを連れて逃げるだけの技術と説得力を持っていない。そのようなことは千里よりも花京院の方が向いている。それに倒れているアヴドゥルが辛うじて生きていることにも千里は気が付いている。それを口にしないのは混乱を招くからだ。だが早急に手当てをしなければ危ないことには変わりない。瀕死の重傷を負っているアヴドゥルが狙われないようにするためには死んでいると思い込ませておかなければならなかった。花京院にまで冷静さを失われては困る。
 つまり千里と花京院の間で利害は一致していた。花京院がポルナレフを連れて一時撤退し、千里が残る。それが一番実現しやすい策である。

「……すまない」

 花京院は謝罪の言葉を呟いた。千里が女の子だという思考を無理矢理頭の隅に追いやる。いくら花京院にフェミニストの気があろうとも、合理的な術を判断し選択するだけの知恵はある。今一番必要なのはポルナレフの頭を冷やすことだ。千里を守ることではない。それに千里は守ってやらなけばならないほどにか弱い少女でもなかった。そしてなにが最善かを千里はよく理解していると花京院は思っている。日常では戸惑ってしまうその無表情で無感情な様も、この状況下では誰よりも冷静であるように見えた。
 花京院と千里が冷静を保つのとは正反対に、J・ガイルの挑発を受けてポルナレフは頭に血が上ってしまう。妹のこととなると冷静でいられなかった。妹を殺した宿敵をようやく見つけることができたのだ、それだけでも気が昂ぶって当然であるというのに、J・ガイルは彼の妹を侮辱した。嬲り殺しにして、さらに死んでからも言葉で辱めるような下衆を前にして冷静でいられるはずがない。その上ポルナレフを庇ってアヴドゥルがホル・ホースの凶弾に倒れている。冷静でいろというほうが無理な話だ。妹の尊厳とアヴドゥルの誇りを守るために、退却などという真似などしてはならないとポルナレフは考える。

「ポルナレフ挑発に乗るなァーッ! さそっているんだーッ!」

 花京院の声など届きはしない。猪突するポルナレフをJ・ガイルの刃とホル・ホースの銃弾が同時に襲う。その瞬間、千里はフルオートで引き金を引き、花京院はエメラルド・スプラッシュを放った。鉛玉と緑色の弾幕がポルナレフを貫く。そして千里がスモークグレネードを投げながら前に飛び出し、倒れたポルナレフなど見向きもせずに新たな銃を発現させて撃ち続ける。敵を包み込む白い煙を壁にして花京院は乗ってきたトラックに飛び乗った。新たにサブマシンガンを発現させて撃ち続ける千里を横目に見ながら、花京院は運転しながらドアを開けて倒れるポルナレフを引っ張り上げる。いち早くジョセフと承太郎がこの状況に気付くことを願いながら花京院はアクセルを踏んだ。
 エンジン音が聞こえなくなってもなお、千里は撃ち続ける。サブマシンガンなど当てるのが目的ではない。ただ単に敵を足止めするだけが目的であったから、花京院とポルナレフが逃げるための時間稼ぎでしかなかった。J・ガイルは逃がしてしまうかもしれないが、構わないと千里は思っている。彼らとて二対一ならなんとかするはずだ。特にポルナレフならばなおさらのことである。意地でもJ・ガイルを殺すことだろう。だがそこまでは千里が気にする範疇ではない。二人分の気配が一つ減っていることからすでに戦況の変化を把握していた。ゆえに千里の敵はホル・ホース一人である。
 それに千里にはホル・ホースを殺す気など微塵もない。逆に口が利ければ死なない程度で充分だと思っている。なぜなら千里はホル・ホースからDIOの居場所を聞き出すつもりだからだ。エジプトと言えど日本の二倍以上の面積がある。残り約一ヶ月で情報もなしにDIOを見つけるなど到底不可能であるため、どうしても情報が必要になる。そのためホル・ホースを生かしておく必要があった。ホル・ホースの自由自在に飛び回る弾丸は厄介であるが、なんとなくながら対策を思いついている。サブマシンガンが弾切れを起こすまで千里は引き金を引き続けた。