救急車で病院に運ばれた千里はただ黙して手当てを受けるばかりであった。ジョセフが病院に迎えにくるまで特になにかをするわけでもなく、待合室のベンチに座っているばかりであった。魂が抜けたわけでも腑抜けになったわけでもない。ただいつも通りの千里がそこにいただけである。そして結局千里は意識を回復したアヴドゥルに会うことはなかった。
バスを使って一行はカルカッタから聖地ベナレスへ移動する。ホル・ホースを逃がすためにポルナレフの邪魔をしたというインド人の女を伴っていたが、構っているのはポルナレフだけで他はその存在に対して気に留めようともしない。車窓から景色を眺めたり、居眠りをしたりとめいめいの時間を過ごしていた。
ジョセフが腕を虫に刺されたと困り顔で自身の腕を周囲に見せる。虫刺されにしては不自然な痕になっていることもあり、ベレナスで医者に見せることになった。それが終わるまで次の地に移動もできないと、その日はベレナスに泊まることに決まる。ホテルを取って宿泊先を確保したのち、夕方再びホテルのロビーで合流することになり、一同は解散した。女はポルナレフが連れて行った。
ロビーでジョセフとポルナレフを見送った後、特にすることもないために一足先にホテルで休もうと承太郎と花京院は決める。しかしホテルを出ていこうとする千里姿を認め、二人は追いかけた。カルカッタの病院から戻って以来、千里はほとんど喋らなかった。それがいつものことと言えばそうなのだが、それだけではないだろうと二人は考える。
「おい。どこに行く気だ」
「……買い物に」
振り向きもせず千里は呟く。金はジョセフが小遣いにしてはかなりの額を渡していた。女の子だから買い物が多いだろうという気遣いである。また、千里が次々に衣服を駄目にするためでもある。千里の言葉が嘘か本当かはわからないが、またどこで一般人にスタンドを向けるかもわからない。予定を変更し、承太郎と花京院は千里の買い物について行くことにした。
目的の店がなかなか見つからないのか、千里は周囲を見回しながら歩く。歩速はいつもより遅い。ホル・ホースに撃たれた足を若干引きずりながら歩いているためかもしれない。しかしそれもそう長くは続かず、千里は目に留まった店に足を向けた。銀製品の店である。承太郎と花京院は訝しみながら千里の後に続く。店の中には銀製の品々が所狭しと並んでいた。装飾品はもちろんのこと、食器類や置物までもが銀製品であり、また売り物でもある。承太郎はふとコインの入った箱が目に留まり、その中から無造作に一枚取り出した。
「そいつはすごい。明治時代の一円銀貨じゃあないか」
花京院が簡単の声を上げる。箱の中にはターラー銀貨やフローリン銀貨などがあった。果たしてすべて本物なのか承太郎にはわからない。
承太郎と花京院の存在など意識の範疇にも置いていない千里は先ほどからずっと店主となにやらぼそぼそと話をしている。初老の店主は気難しげな表情をして首を横に振る。それに対して千里は右手を動かしながら何事かを呟く。主人はさらに渋い表情を浮かべてなにかを呟いた。しかし千里は諦めることなくさらに呟く。近付き難い雰囲気になにを話しているのかと気になった花京院はそっとハイエロファントグリーンを千里の背後に這わせたが、そのときすでに千里と店主との間で話がまとまっていたらしく、会話を聞けずじまいであった。金を払って紙切れと小さな麻袋を一つ受け取り千里が礼を言えば、店主は小声で答えながらジェスチャーをする。それで二人のやり取りはおしまいであった。さっさと店を出る千里を承太郎と花京院が追いかける。
「なにを買ったんだい?」
花京院の問いに千里はちらりと視線を向けただけであった。店主に次の行き先を尋ねていたのか、歩速は先ほどよりも速い。右手に持つ麻袋が小さく揺れる。
次に千里が入ったのは銃火器や刃物が並ぶ、いわゆるそういう店であった。千里は迷わずカウンターに向かい、壮年の男に先ほどの店で受け取った紙切れを手渡した。今度は他のものに目もくれず、千里の真後ろにいた承太郎と花京院だったが、紙切れを覗き込んでもデーヴァナーガリー文字で書かれているために内容はわからなかった。しかし男が驚いた顔をしながら千里を見返し、小馬鹿にしたように笑い出したために、その内容の一部をすぐに知ることになる。
「おいおい……嬢ちゃん、化物退治でもするつもりか?」
馬鹿にされていると理解しているだろうに千里の表情はぴくりとも動かない。まるで男の反応を予想していたようであった。
「銃は子供の玩具じゃあねえんだぜ。大人になってからまた来な」
千里が銃を購おうとしていることを承太郎と花京院は理解する。そしてなぜプラネット・スマッシャーズがありながら本物の銃が必要なのかと疑問を抱く。またそれが危険だとも思った。
「兄ちゃんたちは嬢ちゃんのツレだろ? 嬢ちゃんに言ってやってくれよ。今時銀弾なんて流行らねえってな」
千里の持つ麻袋を指差し、男は嘲るように言う。承太郎が素早くそれを千里から取り上げ、中身をカウンターに出した。革製の煤けた箱が出てくる。それを開けると銀色に輝く銃弾が六発並んでいた。銀製の357マグナム弾である。そこでようやく花京院が男の言葉の意図を理解した。銀弾は実際に使えないわけではないが、通常の銃弾に比べて殺傷力が遥かに低いために実用的ではなく、一般的にはお守りやジョークグッズの扱いである。そしてヨーロッパでは古くから悪しき者を退ける聖なる力を持つ金属と信仰されており、狼男や吸血鬼の弱点の一つにでもあると言われている。銀の持つ抗菌作用に効果があるのだと信じられているためであるが、花京院は千里がそのような迷信を信じていることに驚いた。紛うことなき根拠のない非科学的な迷信である。
千里は感情なく男を一瞥したのち、男の手から紙切れを奪い取り、カウンターに置かれていた箱を掴んで足早に店を出た。承太郎と花京院は一瞬呆気にとられるも、それを追いかける。背後で男がなにかを言っていたが聞き取ることはできなかった。
店を出て周囲を見回すも千里の姿は近くになく、遥か遠くにあった。二人を待つ気など毛頭ないらしい。承太郎と花京院は走り出す。走れば追いつく距離であった。
「DIOが吸血鬼だから魔除けの銀弾か? 迷信が本当とは限らねえぞ」
追いついた承太郎の言葉など意にも介せず、千里は次の店を目指していた。そうスムーズにことが運ぶとは思っていない。偶然入った店で銀弾を買えたことが僥倖であった。プラネット・スマッシャーズでは実弾を撃つことはできない。そのため357マグナム弾を撃てる銃器を探す必要があった。本音を言えばグリズリーを仕留める威力を持つ44マグナム弾がよかったのだが、千里の力では反動に耐えられない。スタンドの銃ならば少々いじることもできたが、本物の銃となるとそうもいかなかった。
しかしやはりというべきか、未成年の少女に銃を売る店を探すのは難しい。予想はしていながらも拳銃を入手するのは難しいかもしれないと、千里は無意識に首筋に指を這わせる。どうしても本物の銃が必要であった。
「前々から思っていたが……その傷痕はまさかDIOに? きみがDIOの餌だったとホル・ホースが言っていたがそれと関係あるのかい?」
千里の指先に不自然な肉の盛り上がりを認め、花京院は尋ねる。アヴドゥルの手当にマフラーを使ってしまっていたために、傷痕は隠されることなく承太郎と花京院の目にさらされている。もっとも千里がマフラーを着ける前、肉の芽を摘出したばかりのころに花京院はその傷痕を見ていたが。新しい傷だとはわかったが、そのときは無闇に聞くものではないと思い、気にしないことにしていた。しかし、千里がDIOの餌であったとホル・ホースが言ったことから再び気になったのである。吸血鬼は女性の首筋に牙を立てて吸血するという。千里の首筋に残る傷はまるでなにかを突き立てたように四つの肉の盛り上がりが一列に並んでいる。銀弾を購ったことからも意識せざるを得なかった。
花京院の話を聞いているうちに承太郎もその結論にたどり着く。銀弾はDIO対策だとしか考えられない。千里がお守りを持つような性格には到底思えず、また迷信を信じているようにも思えない。しかし吸血鬼には銀の銃弾が効くという。そうなのかと承太郎が問いかけて、ようやく千里が口を開く。
「……気休めだ」
千里にしては珍しく気弱な返答があった。しかし同時に銀弾の用途が明確にもなった。スタンド使いの化け物相手に実弾など効くわけがないと思うのが当然だ。スタンドを攻撃するにはスタンドをもってするしかない。にもかかわらず、それを理解しているだろうに千里は銀弾を購った。
注がれる二人分の視線に耐えられなくなったのか、観念したように千里が言葉を続ける。
「あの男にわたしのスタンドは通用しない」
「通用しないだと? どういうことだ」
「……さあな」
それ以上は話したくないのか、千里は口を噤む。結局千里は質問の一部にしか答えていないのだがそれで充分であった。無意識なのかDIOの話をする間、首筋の傷痕を隠すように触れていた。おそらくはそうなのだろうと承太郎と花京院は結論づける。千里は嘘を言わない。そしてこれ以上問い詰めたところで千里がすべてを話すことは決してない。
ふと一軒の店が花京院の目に留まった。少し待っているよう承太郎と千里に告げ、早足でその店に入っていく。五分ばかり経ってようやく花京院は出てくる。その手には緑色の布があった。花京院は千里の前まで来ると、その布を開いて千里の首にゆったりと巻きつけた。
「うん。やはりきみには緑が似合う」
マフラーがわりの大判のストールが千里の首元を彩る。それが首の傷を隠すためのものだと花京院は決して言わない。承太郎もそれに気付いたが、わざわざ口にするつもりはなかった。以前身につけていたものよりも深い緑色に口元を埋め、千里はそっと目を伏せた。