二件目も三件目も一笑に付され、四件目にしてようやく千里は銃を手に入れることができた。その店の女主人は昔軍人だったらしい。柔和な顔付きとは決して言えない主人は当初千里たちを門前払いしようとしたが、彼女の差し出した紙切れと銀弾を前に開きかけた口を閉じ彼女のグレーの瞳を値踏みするようにじっと見つめたあと、店の奥に引っ込む。そして戻ってきて千里に差し出したのはS&W M19だった。通称コンバットマグナム。装弾数六発、有名ではあるが決して珍しいリボルバーではない。こだわりがないのか、千里は素直にそれを受け取る。だが試し撃ちは断った。グリップを握って感触を確かめた程度である。
「詳しいことは聞かないさ。けどねあんた、ろくな死に方をしないよ」
千里の瞳になにを見たのか、女主人はそう言った。元軍人の経験則が働いたのかもしれない。花京院がその意味を尋ねたが、女主人がそれに回答することはなかった。千里はS&W M19と共に通常の357マグナム弾二ダースと革製でサムブレイクタイプのヒップホルスターを購入する。そしてすぐにベルトをスカートの上から留めてホルスターを腰にぶら下げ、弾込めしたS&W M19を収めた。千里は体をひねったり動かしたりしてホルスターの位置を調整し、カッターシャツでホルスターの半分が隠した。残った銃弾は銀弾の入っている麻袋にしまい、女主人に料金を支払った。
「あんたたち、あの野良犬の飼い主なんだろ。だったらさっさと追い出すか殺すかしちまいな。ああいうのは身内を殺すことさえも抵抗なくやってのけるタイプだからね」
千里の様子を見ながら女主人が承太郎と花京院に告げる。ならばなぜ銃を売ったのかまでは答えない。彼女は灰色の双眸になにを見たのかも言わなかった。ただ多くを語らずとも千里の人となりというものを理解しているようであった。だがそれは決して同情的ではなく、排他的であった。花京院が難色を示す。
「訂正してくれ。彼女は犬じゃあない、立派な人間だ」
「さてね。ぼうやにはまだまだ難しい話だったね」
せせら笑う女主人に花京院はさらに言葉を続けようとしたが、承太郎がそれを制した。そしてそんな状況にまったく関心を持たない千里がさっさと店を出て行ったため、花京院はそれ以上主人を問いつめることは諦めて、千里を追いかけることにした。
後ろ姿から見る千里は異様であった。軍人のようにぴしりと伸びた背筋は堂々としており、女性とわかっていても侮り難い雰囲気を纏っている。そして左腰に半分ほど見えるホルスター。すれ違う人々の大半は気付かないが、時折それに気付いて二度見するもの、目を見開くものと反応は様々でも共通しているものはどれも似通っている。
どうして自分と同じ年頃の少女が銃を持たねばならないのかと花京院は思う。銃タイプのスタンドであることから未だ違和感が拭えずにいるというのに。日本に住んでいれば銃など本やゲームの中だけの存在である。海外へ旅行していても、実際に銃を見ることはあまりない。そして銃刀法が日本人を守っているため、銃にいい印象を抱くことは少ない。ゆえに敵が使用すれば相応だと思う。またジョセフ程度なら使用しても違和感はないだろう。しかし千里では違った。もっと違う、例えば人型のスタンドであれば花京院も受け入れられたことだろう。簡単に言えば生々しかった。スタンドであろうがなかろうが、銃器で人を殺すことは簡単な行為である。
「承太郎……ぼくにはわからない」
千里の背中を見ていることがどうしても苦痛になった花京院は視線を承太郎に向けた。僅かに低い位置から向けられたそれを視界の端で感じながら承太郎は煙草を出して銜える。先端に火をつけて深く煙を吸い込んだ。慣れた苦味が口内から肺の中まで充満する。
「覚悟をもってぼくはこの旅に同行することを決めた。必要に迫られれば殺人を犯すだろう。――だが、どうして千里には躊躇がないんだ? 彼女のスタンドはぼくやきみのスタンドとは違って簡単に人を殺せる。おそらくぼくらの中で一番殺人に向いているスタンドだ。なのに……なのにだ。ぼくらと同じくらいの年齢で、どうして人に銃を向ける行為に慣れているんだ?」
「あいつにだって過去はある。ただおれたちと育ちが違っただけだろ」
「そうじゃない。ぼくだって彼女の過去を詮索しようとは思わない。だが、どうして彼女なんだ? どうして彼女が人を殺す術を持たなければならないんだ?」
独白に近い花京院の言葉に耳を傾けながら承太郎は煙を体内に溜まる二酸化炭素とともに吐き出した。吐き出した紫煙はすぐに雑踏の中に溶け込んでいく。
承太郎がそれを考えたことはないと言えば嘘になるが、千里のスタンドがプラネット・スマッシャーズである以上、仕方のないことだと思っている。それに彼女のスタンドはとてもシンプルだ。至近距離からの発砲でも銃弾をつかみ取ることのできるスタープラチナならば、千里を押さえ込むことはそう難しくない。千里が行き過ぎたことをしようとしたならば止めればいいと承太郎は思っている。それだけのパワーとスピードをスタープラチナは持っている。逆に言えば、千里のスタンドがあまりにもシンプルなのである。ゆえにDIOに通用しないと理解してしまっているのだろう。特殊な能力があるわけでもなく、あえてスタンドである必要性があるのかと思ってしまうほどだ。しかし幸か不幸か、千里は銃器の扱いを心得ていた。同時に人へ銃を向ける躊躇いのなさがあった。素人が扱うよりも巧みに、そして有意義にスタンドを操ってみせる。ただそこに正義がないだけだ。それだけが欠点だと承太郎は思っている。
「本人が嫌だというならやめさせりゃいい。だが千里はそんな女じゃあねえだろ」
「しかし承太郎……」
「おれだって思うところはある、ってことだ。あの女が言った通り、千里を躾けるのは生半可なことじゃあねえぞ」
「承太郎、きみまで千里を犬だと言うのか!」
怒りかけた花京院だったが、突然目の前を歩いていた千里が立ち止まったためにそちらへ意識が向いてしまう。千里は大通りのど真ん中にもかかわらず、左手にスナイパーライフルを発現させて構えた。しかしプラネット・スマッシャーズは一般人の目に映らない。見えるのはただ少女が立ち止まって銃を構えるように腕を上げた姿だけだ。スコープを覗く千里は左手に周囲の喧騒が耳に入っていないのか、微動だにしない。狙撃手が狙うその先にはポルナレフとあの女がいた。キスをしようとしているのか、女の後頭部にポルナレフが手を回している。それに気がついた花京院が絶叫した。
「千里! 駄目だ!!」
即座に承太郎から抜け出したスタープラチナがスナイパーライフルを掴み取る。だがそれよりも千里の指が動く方が早かった。一発の銃声が響き渡る。花京院の怒声により騒然となる人々の間をまっすぐくぐり抜け、かなりの距離があるにもかかわらず銃弾は女の背中に命中した。ポルナレフの腕の中で女が大きく痙攣する。
「千里! なにをしているんだッ!」
間違いなく一般人に向けて撃ったのだと理解する前に花京院は思わず千里の頬を張った。フェミニストの気があろうとも、なんでも許せるわけではない。千里が本物の銃を腰にぶら下げていることに心を痛めていたのが馬鹿馬鹿しくなる。なぜ花京院ばかりが真面目に悩まなくてはならないのか。それとは裏腹に千里は躊躇いもなく発砲する。千里がただの人間であると花京院は理解しているはずなのだが、それでも自分と同じ人間だと思えずにいた。薄らいでいた恐怖が鎌首をもたげようとする。落ち着けと承太郎に押さえつけられるが、それでも昂る感情は抑制できない。
頬を張られたというのに千里は反論も抵抗もすることなく花京院を一瞥した。千里は決して自己弁護をしない。その代わりになんの説明もしなかった。それが誤解を生むと理解しているだろうことは誰の目から見ても明らかではあるが、他人からどう思われようと気にすらしないこともまた明白である。相手に好かれようが嫌われようが興味の範疇ではない。ゆえに千里がどのような思想を持って行動するのか誰もわからずにいる。
いつの間にかポルナレフの元にはジョセフがいた。ぐずぐずになって崩れ落ちた女を指差してなにかを言っている。その穏やかではない雰囲気に花京院の腕を掴みながら承太郎は口癖になってしまっているそれを呟いた。